第九十一話 第九十一小隊 1
ベラス小隊長が率いる第九十一小隊は帝都エースヒルの周辺地域を巡回していた。
巡回中の小隊は基本全員が歩兵だ。装備も軽装であり、歩きやすさと疲れにくさに重点を置いている。
それでも五十人からなる小隊であれば、ほとんどの事態には対処できる。
リクスト将軍麾下に所属する帝都防衛部隊は、主に帝都エースヒルの周辺地域を管轄している。
帝都防衛部隊は総数二万五千の兵士で構成されているが、その数は同じリクスト将軍の麾下である帝都内の軍隊、憲兵隊の七万と比べると少ない兵力だ。
ただし、憲兵隊は犯罪や事件など、帝都百五十万の人々の日常生活を守る意味合いが強く、外敵に対して守る帝都防衛部隊とは職務が区別されている。
さらに帝都にはリクスト将軍の軍隊とは別の武力組織がいくつも存在する。
そのため、帝都防衛部隊は二万五千の兵士でも充分過ぎるほどの戦力であった。
そんな帝都防衛部隊の中で、小隊は約五十人で構成されていて、第四十一小隊から百三十小隊まである。
第十三から四十までは中隊であり、中隊は約三百人の部隊だ。帝都周辺地域の防衛の配備として二十八の中隊が中核となり、その周囲を九十の小隊が巡回している形だ。
ちなみに、一から十二の部隊は約千名の大隊となり、そのうち八つの大隊は帝都の入口である八か所の大門を守っている。
常に動いている実働部隊は小隊と中隊となり、そんな小隊と中隊が帝都の外域、約十キロ圏内を二十四時間巡回しているのだ。
そのため帝都周辺地域の圏内において盗賊や魔物が出ることすら、ほとんど起きなかった。
そして、今夜も何十もの小隊が巡回している中、ベラス小隊長が率いる九十一小隊も担当する北東部の一地区を巡回しながら帝都周辺地域の安全を守っていた。
「やっと今日で夜間の勤務も終わりですね」
「ああ。明日は一日ゆっくり休んで、明後日からしばらくは昼間の勤務だ」
兵士の問いかけにベラス小隊長は笑顔で答える。
「これでベラス小隊長も、奥様と生まれたばかりのお子さんと一緒に過ごせますね」
「ああ。そうだな」
今度はさらに笑顔になったベラス小隊長を見て、隊員たちも好意的に笑う。
ベラス小隊長には先日子供が生まれたばかりであった。妻が実家に里帰りしていたのだが、その妻と子供が夜勤明けに帰ってくる。ベラス小隊長にとっては今夜の任務が終わることが待ち遠しかった。
「きれいな奥様と可愛い赤ちゃん。いいなー」
最初に声をかけた兵士フリダンが羨ましそうに声を上げる。彼は十七歳で兵士になってまだ一年の新兵だ。
そんなフリダンはちょうど十歳年上のベラス小隊長を兄のように慕っていた。
「フリダンは付き合う相手を探すことが先だろう?」
そう声を上げたのはマーラスだ。彼の年齢は四十五歳、兵歴が三十年経つベテランの兵士だ。
マーラスの声に笑いが起きる。皆、フリダンがずっと付き合う相手がいないこと知っているからだ。
「よーし! 俺も明日の休日に、小隊長の奥様みたいな素敵な人を探すぞ!」
「おっ、その心意気だ! 頑張れ」
再び、隊員たちから笑い声が上がった。
その光景を見ながら、ベラス小隊長も微笑んだ。
この小隊……第九十一小隊はとても良い部隊だと思う。ベテラン兵から新兵まで幅広く在籍しているが、皆が皆を信頼している、仲間意識の強い部隊だ。
ベラス小隊長は第九十一小隊に着任して二年経つが、隊員の誰とも気兼ねなく話せる関係になっていた。
「よし、巡回を続けるぞ」
ベラス小隊長の掛け声とともに五十名の隊員たちが歩き出そうとする、まさにその時だった。
彼らの足元が大きく揺らいだのだ。
「地震か!?」
誰もが地面にかがみ込み防御の態勢を取る。
しかし、幸いなことに地震はすぐに収まり、その後も地震が起きることはなかった。
「大丈夫のようですね」
副隊長のハルトラが安全を確認し、ベラス小隊長に報告をする。
「それでは改めて出発しようか」
「はい」
第九十一小隊はそのまま巡回を再開しようとした。
しかし、女性の声が彼らの行動を遮った。
「本部から緊急連絡です!」
連絡係のマリダ通信兵がベラス小隊長に大声で伝えたからだ。
「内容は?」
「はい! 我々の現地点から東、約一キロ先にて、地割れが発生した模様」
「先ほどの地震でか?」
ベラス小隊長は驚きの声を上げる。
確かに大きな揺れだった。ただ、今いる場所では何事もなかったのに、たった一キロ程度しか離れていない場所で地割れが発生するとは。近距離でそれほど大きな地震の影響を受けたのか。
にわかには信じれない。
ベラス小隊長は東の方角に目を向けるが、ちょうど木々が生い茂っている林が広がっていて、その先が見えない。
しかし、当然ながら行かない選択肢はなかった。
「至急現地に赴いて地震の被害状況を調査する」
ベラス小隊長の号令がかかる。彼らは現場に向かうため歩き出そうとするが。
「待ってください。まだ本部からの連絡は続いています」
マリダ通信兵はマジック・アイテムを耳に当てて連絡を受けているのだが、その表情がみるみる変わっていくのがベラス小隊長には分かった。しかも、表情からして良くない内容なのだろう。
連絡が終わり、マリダ通信兵はマジック・アイテムを耳から外した。
「どうした?」
ベラス小隊長の質問にマリダ通信兵は緊張した視線を向ける。
「地割れは直径百メートル程の狭い範囲とのことです」
大規模な地震ではなくベラス小隊長はホッとしたが、それだけならばマリダ通信兵はあれほど緊張しないはずだ。
話には続きがあった。
「地割れした地点に人型の黒い影が映っていて、しかもその直後に監視の魔法陣が破壊されたそうです」
「なんだと!?」
「よって、我々の任務は黒い影を遠くから監視し、中隊が到着するまで決して手出しをしないように、とのことです」
マリダ通信兵の言葉に、ベラス小隊長だけでなく小隊の全員に緊張が走った。
その未確認の人型が地震を起こした可能性が強く、当然ながら人型の正体は魔物だろう。しかも、中隊が来るまで手を出すなとは、小隊では太刀打ちできない相手ということだ。
「ベラス小隊長……」
ハルトラ副隊長が不安そうに声をかける。
彼は士官学校を卒業してまだ二年ほどしか経っていない。このような異常な事態は初めてなのだ。
しかし、それはここにいる全員が同じだった。兵歴三十年のマーラスでさえ、このような異常事態は経験がない。
「ベラス小隊長、これはかなり危険な状況ですよ」
そのマーラスが緊張した表情をしている。帝都の周辺で地震を起こすほどの魔物が現れたなんて聞いたこともないからだ。
「まずは状況の確認が必要だ。地震発生場所へ向かうことに変わりはない。ただし、相手は未知なる魔物だ。見つからないように慎重に進もう」
「はい!」
五十人の第九十一小隊は周囲の警戒を怠ることなく、それでいて月明かりをあまり通さない林の中を迅速に歩き始めた。
「林を抜けます」
小さな声でハルトラ副隊長が皆に伝える。
暗い林を抜けると、そこは月明かりに照らし出された光景が広がっていた。
「これは……」
ベラス小隊長は思わず唸ってしまった。
彼らから少し先の地点で激しく地面が隆起し地割れが起きていたからだ。思っていたよりもかなり激しい地震だったようだ。
「ベラス小隊長、あそこに!」
マーラスが指差した方向に視線が移る。すると、そこには黒い人型のものが歩いていた。
地割れが激しい大地を何事もなくゆっくりと歩いているその黒い姿は、隊員たち全員にまるで悪魔のように映っていた。
皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!
さて、ついに「五芒星の後継者」が三百話まで辿り着けました。
読んで頂いている皆さまのお陰です。
本当にありがとうございます!
今回は少しメインのお話から逸れて、小隊のお話となりました。
一般兵士に焦点を当てた物語を少しだけ書いていきますので、よろしくお願いします。
いよいよ第四章も佳境になってきました。
すでに九十話を超えていて、章で最長となりました。
(とはいえ、各話の文字数が第一章から比べて、かなり短いせいですが…)
これからもまだまだ続きますので、皆さまよろしくお願いします!




