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第八十九話 駆け引き

「いったい、何をやっているのですか!」


 二人の前に現れたリクスト将軍は、シャスターに頭を下げて会釈した後、アルレート将軍の前に立った。



「いや、何って、シャスター様と勝負をしようと……」


「私は認めた覚えがありません」


 さらにリクスト将軍が一歩近づくが、反射的にアルレート将軍は一歩下がる。


「武官の試合は予め届出が必要です。それが為されていないし、そもそも闘技場の使用申請も出ていませんが?」


「それは、その……、お前と俺の仲じゃないか。ついこの間までお前は俺の副将だったし、大丈夫だと……」


「駄目です!」


 リクスト将軍の強い口調にアルレート将軍は怯んだ。


「全軍の手本にならなければならない、率先して規律を守らなければならない十輝将のあなたが、このような違反をして恥ずかしいとは思わないのですか?」


「あ、いや、しかし……」


「この件は明日の朝に行われる帝国会議の冒頭で報告させていただきます」


 リクスト将軍は容赦ない。

 帝都防衛指令室から出る時に起きたもう一つの異変がこれだったからだ。

 皇区内で将軍と「五芒星の後継者」が無許可で戦っているのだ。皇区内の監視魔法陣が異常事態を示すのは当然だった。



「まったく、あなたという人は、緊急事態のこんな忙しい時に……」


 リクスト将軍が思わず愚痴る。

 自分に非があることを理解しているアルレート将軍は、いつものように陽気に笑い飛ばすことができない。

 なんとか、この頑固で融通の効かない前腹心を懐柔させるしかない。

 彼の戦術眼が目まぐるしく動きだした。


「悪かったよ。ところで、『緊急事態のこんな忙しい時に』って何のことだ?」


「あなたには関係ないことです」


「そう、冷たいことを言うなよ。お前と俺の仲じゃないか」


 相手の弱みをさりげなく聞き出し、そこを思いっきり突き刺す。戦術の基本だ。


「忙しいのだったら手伝うぜ。一人よりも二人、二人よりも三人いた方が早いだろう? ねぇ、シャスター様」


「えっ、俺も入っているの?」


 突然の指名にシャスターは驚くが、これもアルレート将軍の作戦の内だ。

 大きなミスをした場合、自分よりも大物を一緒に巻き込む。そうすることによって、相対的に自分のミスが小さくなるからだ。


 しかし、意外なことにアルレート将軍の適当な言い分が、リクスト将軍の胸に突き刺さった。


 リクスト将軍は暫し考え込む。

 これから向かう先は三ヶ所だ。しかし、自分ひとりで三ヶ所に向かうとなると、どうしても時間が掛かってしまう。

 だが、ここにちょうど三人いる。

 三人で三ヶ所それぞれに向かえば……。


 そんな少年の僅かな表情の変化に気付いたアルレート将軍がさらに上手く話を進める。


「俺たちを頼れ、リクスト! ここにいたのも何かの縁だ」


「物はいいようですね」


「でも、事実だろう? 他の将軍たちは皆パーティーの真っ只中だぜ」


 アルレート将軍はリクスト将軍の口振りから、何かしらの異変が起きていることを察していた。しかも、将軍クラスでなければ対応が難しい案件のようだ。

 だからこそ、アルレート将軍の適当な誘いに対しても速攻で断らなかったのだ。

 そこまで状況把握はできた。

 あともう一押しで、リクスト将軍は陥落する。明日の帝国会議での報告を無かったことにしてもらうのだ。



「何処へ行けばいいんだ?」


「……」


「三人でさっさと片付けてしまおうぜ」


 さらに追い討ちを掛けた。


 その時だった。



「良いではないか。リクスト将軍」


「!?」


 三人がその声の方向を振り向く。


 そこに立っていたのは、エーレヴィン皇子だった。




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