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第八十七話 奥の手

 皇区の西エリアにある闘技場では、シャスターとアルレート将軍の激しい試合が行われていた。


 金貨に釣られて試合をすることになったシャスターだったが、いつの間にか彼自身も戦いを楽しんでいた。

 なぜなら、アルレート将軍がまだ誰にも見せたことがない、とっておきの武法を見せるというのだ。

 シャスターの期待値も高まる。



 そんなシャスターの期待に応えるかのように、アルレート将軍は闘技場に響く声で叫んだ。


虹光(こうこう)の剣!」


 すると、信じられないことが起きた。

 アルレートが握っている長剣の柄から先の刃の部分が消えたのだ。


「!?」


 さすがにシャスターも驚く。

 しかし、本当に驚くのはこれからだった。


 突然、長剣の刃の部分だけがシャスターの頭上に現れたのだ。しかも一つではない。虹のようにそれぞれの色に輝く刃が七つ。その七つの刃が空中を飛びながらシャスターに襲い掛かってきたのだ。


 しかし、シャスターは驚きながらもすぐに冷静さを取り戻した。

 避ける仕草も見せずに、その場に立ったままだ。なぜなら、火神の恵(プロメテウス)に守られているからだ。

 案の定、七色の刃は青白く燃える球に当たって消えていく。それと同時に当たった炎の球も消えていく。



「へぇー、これがアルレート将軍の英雄級の武法なんだ! 剣の刃の部分が消えて、代わりに自動で攻撃をしてくる七色の七つの刃……面白い武法だね」


 シャスターは英雄級の武法を見ることができて喜んでいる。しかし、喜んでいるのは当然ながら余裕の表れだった。

 七色の刃に当たった炎の球は消えてしまうが、同時に新たな炎の球が再生されていくからだ。シャスターの魔法防御力は何も変わらない。

 しかし、そんなシャスターに対して、アルレート将軍は薄く笑った。


「笑っていられるのも今のうちですよ」


 アルレートの言葉と共に七つの刃が再び現れた。


「ほぉ」


 シャスターが感嘆して声を上げた。

 どうやら、シャスターの火神の恵(プロメテウス)と同様に、七色の刃も何度も再生されるようだ。


「いきますよ」


 激しい攻防が始まった。

 七つの刃が闘技場を駆け抜けるかのように縦横無尽に飛び回りながら、シャスターに襲い掛かる。

 しかし、シャスターも身体の周りを回り続けている幾つもの青白い炎の球に守られている。刃と炎の球は激しくぶつかって消滅するが、すぐに新たなものが再生されていく。

 それの繰り返しが続いた。


 二人の魔法と武法は共に英雄級だ。

 闘技場には強力な結界が張られていて、英雄級までの攻撃であれば破壊されることはない。

 しかし今、英雄級同士の攻撃が激しく続いており、その威力に闘技場自体が大きく揺れていた。



「このままだと埒が明かないけど?」


「……そのようですね」


「それじゃ、こっちからいくよ」


 シャスターは両手を垂らしたまま掌だけを上に向ける。


銀炎の剣(カストル)金炎の剣(ポルクス)


 すると、シャスターの左右の掌からそれぞれの燃え盛る炎の剣が出てきた。しかも、片方は銀色に、もう片方は金色に燃えている不思議な炎だ。



「面白い七色の剣を見せてもらったから、お礼に俺も面白い魔法の剣を見せてあげるよ」


 二本の炎の剣は瞬く間にシャスターの身長の数倍の大きさになった。

 圧巻するほどの巨大さにアルレート将軍は唖然としたが。

 それより何より……。


「二つの英雄級魔法を同時に……」


 英雄級魔法を放つだけでも凄いことなのに、目の前の少年は金銀の炎の魔法を同時に放ったのだ。いや、正確にいえば、それすらも違う。すでに火神の恵(プロメテウス)の青白い炎に守られているということは、三つの英雄級魔法を同時に放っているということだ。



「三つ同時とは……これが『五芒星の後継者』の実力ですか……」


「それよりも、アルレート将軍は背中にしまった盾と、持ち手しかない剣でどうやって防ぐの?」


「!?」


「そろそろ本当(﹅﹅)のとっておきを出したら?」


「……分かっていたのですか?」


「まぁね」


 シャスターは笑った。

 アルレート将軍にはまだ奥の手が残っているということをシャスターは気付いていたのだ。

 掌の上に浮かんでいる二種類の炎の大剣は、今にもアルレート将軍を襲い掛かろうとしている。


「早く次の武法を出した方がいいよ」


「……分かりました」


 アルレートは汗を拭うと、両手で剣を握るのを止めた。



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