第八十六話 少年の憂鬱
「あれは、生き物なのか?」
リーブ副将の問い掛けに仕官たちの誰も答えられない。
しかも、さらに異常なことが起こる。
「他の二ヶ所にも同様な黒い人型が現れました!」
「なっ!?」
リーブ副将が叫んだのと同時に再び中央魔法画面が三分割される。すると、その全てに黒い人のような者が映っていたのだ。
皆が驚愕しているが、その中でリクスト将軍だけが冷静に画面を見続けている。
「つまり、あの黒い人型の生き物が地震を起こした犯人ということですか」
リクスト将軍はひとり納得するかのように静かに呟く。
「いや、正確にいえば、アレが地面の中から現れた影響で地割れが起きたと考えるべきでしょうね」
自ら答えを導き出したリクスト将軍だったが、現状では黒い人型の生き物の正体までは分からない。
「何処か一ヶ所だけでも構いません。もっと拡大できませんか?」
リクスト将軍の命令に画面が慌ただしく動くと、一つの画面がさらに拡大した。
しかし、それでも黒い人型が何なのかまでは分からない。画面は帝都周辺に無数に設置してある監視用の魔法陣を通じて映し出しているのだが、魔法陣の望遠にも限界がある。
「これ以上は無理そうですね」
その時だった。
突然、画面が真っ黒くなってしまった。しかも、三ヶ所全てだ。
「監視用魔法陣の機能が停止しました。おそらくは破壊されたかと……」
「馬鹿な!」
リーブ副将が叫ぶ。
監視用魔法陣は手のひらほどの大きさしかなく半透明だ。しかも、かなり離れた距離から望遠しているので、見つかるはずがない。
しかし、それが破壊されたとなると。
「黒い人型の生き物には高い知性と高い攻撃力がある」
リクスト将軍は勢いよく立ち上がった。
「リーブ副将、三ヶ所それぞれに一番近い部隊は?」
「第五十五小隊、第七十三小隊、第九十一小隊です」
「至急、彼らを向かわせてください。さらに、三ヶ所に二個中隊をそれぞれ向かわしてください。相手の正体が分からないので、各小隊は中隊が到着するまでむやみに攻撃を仕掛けないことを徹底してください」
「はっ! しかし、中隊でも対処が難しい場合はどうすれば……」
「私が直接向かいます。三ヶ所なので多少時間は掛かりますが、中隊がいれば足止めはできるでしょう」
リクスト将軍は笑った。まだまだ幼さが残る笑顔だ。
しかし、だからこそ。
「駄目です! 私が行きます。将軍はここで指令を……」
「それこそ、駄目です。リーブ副将、あなたはここで陣頭指揮をとってください」
リクスト将軍は有無を言わせない。少年とはまだ短い付き合いだが、リーブ副将には、リクスト将軍の真っ直ぐな性格がよく分かっていた。
「……分かりました。お気をつけて!」
「ありがとうございます。シャード皇帝陛下とエーレヴィン皇子殿下には私から伝えておきます」
リクスト将軍はそのまま指令室から出ようとする。
しかし、混乱はそれだけではなかった。
「皇区内に異変あり!」
「何だと!?」
リーブ副将が再び驚きの声を上げる。皇区とは、まさにこの場所であり、今パーティーが行われている場所も含まれている。
「皇区の何処だ?」
「西エリアの闘技場です!」
画面が映し出された。
その光景を見て、誰もが呆然とする。
「はぁ……」
唯一、リクスト将軍だけが少年に似合わない大きなため息をつくと、そのまま指令室から出て行った。




