第八十五話 予兆
異変が起きたのは、リーブ副将が持ってきた料理を食べ終えた直後だった。
「帝都から北東五キロの地点で、地震が発生したようです!」
「同じく、帝都から北西三キロ離れた地点でも地震が起きました!」
「帝都から南西八キロの地点でも地震が発生!」
十輝将最年少のリクスト将軍の今いる場所は、帝都を守る要である帝都防衛司令室だ。
皇区の一角にある帝都防衛司令室こそが、リクスト将軍が日常的に業務をする場所であり、彼の眼下には多くの者たちが昼夜問わずに働いている。
その者たちは帝都内はもちろん、帝都の周囲までも目を光らせている。
彼らのような技術仕官もリクスト軍の所属であり、帝都防衛司令室だけでも常時百名以上の者たちが業務にあたっている。
そんな司令室には、何十もある大小様々な魔法画面から帝都の状況が映し出されており、常に各方面から情報が伝えられてきていた。
この司令室で人口百五十万の超巨大都市の安全が保たれているといっても過言ではなかった。
しかし、今異変が起きた。
三人の仕官たちがほぼ同時に三ヶ所の地震を報告してきたのだ。
「どういう状況だ?」
リクスト将軍の後ろに立っているリーブ副将が仕官たちに質問した。詳しい状況を聞くためだ。
「帝都の周囲十キロ圏内に設置しています無数の監視用魔法陣の内、三ヶ所の魔法陣から同時に反応がありました。いずれも地震を示しています」
最高位の上位仕官が代表して説明を行う。
「地震の規模は?」
「かなり大規模な地震が起きたようです。地割れが起き、地面が隆起しているものと思います」
地割れが起きるほどの地震は決して多くはないが、広大な面積を有する帝国内であれば、起きることはある。
しかし、それが帝都周辺地域の三ヶ所で同時に起きるのは明らかに異常事態だ。
「中央魔法画面に映します」
司令室の大きな画面が三分割されると、それぞれの場所が映し出された。
映し出された三ヶ所は別々の場所にも関わらず、三ヶ所とも同じような光景だった。地面が隆起し地割れが起きていて、大きな地震が起きたことを物語っていた。
「人の被害は?」
「三ヶ所とも近くに人の住む場所はありません。また広範囲ではなく、それぞれ百メートル程度の狭い範囲の地震のようです。街道からも外れていますし、夜中ですので近くに出歩いている者もいないと思われます」
「それは良かった」
上位仕官の説明にリクスト将軍は胸を撫で下ろしたが、すぐに疑問に思ったことを口にする。
「地面が崩壊するほどの大地震なのに、百メートル程の範囲の大地震とはどういうことですか?」
「申し訳ありません。現状ではまだ分かりません」
将軍の質問に対して、上位仕官は困惑した表情となった。
通常、地割れが起き地面が隆起するほどの大地震は広範囲に拡大しているものだ。しかし、百メートル程度の狭い範囲で、これほど大きな規模の地震が起こることは、あり得ないからだ。
「引き続き、状況の確認を急いでください」
「はっ!」
指令室中が慌ただしくなる。
そんな司令室を見ながら、リクスト将軍はリーブ副将に尋ねた。
「リーブ副将はこんな珍しい地震を今までに聞いたことがありますか?」
「いえ、私の記憶の中にもありません」
「やはりそうですか。しかし、そんな地震が三ヶ所同時となると……」
「偶然ではなく、必然。何者かが故意に起こした、ということでしょうか?」
「おそらくは」
リクスト将軍とリーブ副将はもう一度画面を見つめた。
「そう言えば、四年前にも巨大な地震で、町一つが崩壊しましたよね?」
リクスト将軍は当時、まだ軍に入隊していない。町の崩壊は報道で聞いただけだ。
しかし、リーブ副将はリクスト将軍の前任者である帝都防衛責任者のザン将軍の下で働いていた。その時に、大地震が起こり、帝都からほど近い町の一つが壊滅したのだ。
あの時の地震と比べれば、今回の地震の範囲は極めて小さい。しかし、異常さで言えば、今回の方が格段に高い。
「画面上に動くものがあります!」
突然、仕官が大声で叫んだ。
全員の視線が画面に向けられる。
すると、画面の片隅に小さく動くものが見えた。
「もっと、拡大しろ」
画面が徐々に拡大されていく。
それに伴って、見ている者の表情が驚きに変わっていく。
「……何だ、これは!?」
拡大された画面を見つめながら、リーブ副将が上ずった声を出すが、士官たちも動揺を隠せないでした。
そこには、崩壊した地面の上を真っ黒な人のような者がゆっくりと歩いている姿が映っていた。




