第七十八話 夜の庭園で
パーティーの途中からシャスターは外の庭園のベンチにひとりで座っていた。
ずっと令嬢たちに囲まれていたが、なんとか隙を見つけて逃げ出してきたのだ。
カリンはシャスターが令嬢たちと仲良く話しているのを見て腹立たしく思っていたが、シャスターとしては好きで話をしていた訳ではない。彼としても社交辞令は面倒なものだったのだ。
話すことばかりでほとんど何も食べていなかったので、逃げ出す際にはテーブルに置かれたいくつもの料理を魔法の鞄に入れてきた。
途中、パーティー会場の一角でカリンを見掛けたが、エルシーネと二人で酔っ払って騒いでいたので、無視して庭園に来たのだった。
広い庭園にはいくつものベンチやテーブルが置かれているが、どうやらシャスターしかいない。
さすがにパーティー中にわざわざ外に出る者はいないのだろう。
「はぁ、疲れた」
見ず知らずの貴族たちと話すのは疲れる。彼にとっては、社交辞令で無駄な時間を過ごすより、美味しいものを食べる方が何倍も有益だ。
ベンチの前のテーブルには食べ切れないばかりの料理が並んでいる。
「いただきます」
シャスターは食べ始めた。どの料理もさすがに美味しい。
瞬く間にテーブル上の料理がいくつも消えて行くが、それでもかなりの量を取ってきたのでまだまだ多く残っている。
「星華も食べようよ」
シャスターの声に反応したかのように、一つの影が現れた。
星華だ。
「星華の分も取ってきてあるから」
「ありがとうございます」
星華は大勢の前には姿を現さない。
もちろん、変装して会場に潜り込んで食事をすることもできたのだが、彼女の性分でこの会場がある皇区を詮索していたのだ。
料理を食べている星華を見ながら、シャスターが尋ねる。
「どうだった? 皇区は」
「強力な魔法結界が無数に展開されています。結界の種類は豊富で、設置型だけでなく追尾型や感応型など様々です」
「ほぉ!」
星華は淡々とありのままを報告した。だからこそ、シャスターは驚く。
通常、魔法結界は設置型だ。そこに展開しておけば、その先には誰も入ることができない結界となる。
しかし、追尾型や感応型となると全く様式が異なってくる。侵入者は近付いただけで、罠が発動するのだ。当然、侵入することも格段に困難になる。
前回来た時には無かった魔法結界だ。
「また、私のような隠密を得意とする職業の者たちが百名以上配置されています。おそらく全員が超上級以上のクラスかと」
「さすが帝国の皇区だ。最強のセキュリティーだね」
他国とは桁違いの防衛力だった。
皇区を守る戦力だけでも容易に周辺国全てを殲滅できるほどだ。しかも、その戦力を皇区の守りのみに充てている。
そう考えると、改めてエースライン帝国の底なしの強大さが分かる。
シャスターは帝国のセキュリティーの万全さを讃えたが、そんな皇区を誰にも気が付かれずに詮索してきた星華はさらに凄いということだ。
「これから皇宮に潜入しようと思います」
皇区のさらに中心にある皇宮。
その名の通り、皇族が暮らしてる場所であり、エースライン帝国で最もセキュリティーが厳しい場所だ。
当然、皇区よりもさらに強力な戦力が配備されているはずだ。
「まぁ、気をつけて……」
シャスターが言葉を終わらせる前に、星華の気配が消えた。
それは、皇宮に向かったからではない。
別の理由で、その場から突然消えたのだ。
「申し訳ございません。もしかして、お話し中でしたか?」
その理由は、シャスターの前にひとりの男が現れたからだった。




