第七十七話 楽な気持ち
クラム大神官長はカリンを優しく見つめた。
「ケーニス神官総長から話は聞いています。彼はかなり興奮していましたが」
クラム大神官長は微笑んだが、その微笑みが母性そのものに感じられ、カリンは不思議と緊張がほぐれて安堵していた。
「……クラム大神官長様、私はどうなってしまうのでしょうか?」
カリンはずっと心の中にあった不安を口に出した。
ファルス神教の十一の神々と契約ができたカリンは稀有な存在らしい。そして、目の前にいるクラム大神官長もカリンと同じく十一神と契約ができた稀有な存在だ。
だからこそ、ケーニス神官総長は喜んだ。カリンがクラム大神官長の後継者となる可能性が高くなったからだ。
しかし、その後にカリンはファルス十二神の最後の一柱である冥界神デーメルンとまで契約ができてしまった。
それが大問題だった。
デーメルン神と契約した者が大神官長になることを他の神々が認めるはずがないからだ。
デーメルン神は他の十一神から忌み嫌われている。そもそもファルス神教は人々を護るための神々だ。その中で、人々が死んだ後の冥界神であるデーメルン神はファルス神教の中でも異質の神だった。
そんな謎だらけの冥界神とカリンは契約ができてしまったのだ。
ケーニス神官総長の話だと、過去にデーメルン神と契約をした者も数人いるらしいが、誰もがデーメルン神の神聖魔法を使うことができなかったらしい。
契約した神々の神聖魔法を使う神官にとって、契約した神の神聖魔法が使えないことは致命的だ。
幸いカリンは他の十一神の神々とも契約しているので、十一神の神聖魔法は使えるが、それでもデーメルン神と契約できてしまったことは大きな不安であった。
大神官長になる可能性は絶たれたとケーニス神官総長は肩を落としていたが、それについてはカリンは何とも思っていない。それどころか、そんな大それた可能性がなくなったことはカリンには嬉しいことだった。これからもずっとシャスターと旅ができるからだ。
しかし、そのこととカリンが人知れず悩んでいることは別問題だ。
デーメルン神と契約した自分は異端者になってしまったのだろうか。神官としてはもう駄目なのではないのか。
そう思って苦しんでいたのだ。
しかし、そんなカリンの悩みをクラム大神官長は全て分かっていた。
「カリンさんは何も心配することはないですよ」
もう一度優しく微笑んだクラム大神官長はそっとカリンの肩に手を添える。
「貴女はデーメルン神との契約を心配しているのでしょうけど、冥界神もファルス神教を代表する十二神の一柱なのです。何も心配することはありませんよ」
「……分かりました」
大神官長の言葉でカリンの気持ちが少し楽になった。まだまだ聞きたいことはたくさんある。
しかし、質問をしようとしたカリンの口元をクラム大神官長が軽く指で押さえた。
「話の続きはまたあとで。今夜はパーティーですから。明日の午後にでも大聖堂にいらしてください」
「そうね、こんな大勢の前で立ち入った話をするのは良くないわ。明日は私も一緒に行って宜しいかしら?」
エルシーネが話しに割り込んできた。彼女としては興味津々の話題だからだ。
「もちろんです、エルシーネ皇女殿下。それに、シャスター・イオ様もご一緒にいらしてくださるようお伝えください」
微笑みながらクラム大神官長は静かに離れていった。
二人は後ろ姿をしばらくの間見つめていた。
「こういう場所にはなかなか来ない方なのに、クラム大神官長はカリンちゃんに会いに来たのよ」
「そんなことは……」
「ううん、きっとそうよ。まぁ、明日になれば色々と分かるはずだわ。だから、今夜は楽しみましょ」
「はい!」
気分が軽くなったカリンは夜遅くまでエルシーネと一緒にパーティーを楽しんだ。
皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!
今回、エースライン帝国において、ファルス神教のトップであるクラム大神官長が登場しました。
クラム大神官長によって、ただの町娘だったカリンの運命も大きく動こうとしています。
十二神全ての神々と契約し、「ファルス神教の祝福者」と呼ばれることになったカリン、彼女の今後も楽しみにして貰えたら嬉しいです。
それでは、これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!




