第七十六話 拗ねる皇女
社交辞令の嵐が去って、エルシーネもやっとひと息付けたのだろう。
料理の乗った皿を取りながら、大きな広間を見渡した。
大勢で歓談している者もいれば、二人ないし少人数で話し込んでいる者たちもいる。
このようなパーティーはただの談笑だけでなく、政治的な意味合いを持つことも多い。
そのため、エルシーネはパーティーが苦手なのだが、今回は自分たちの戦勝会も兼ねているので無下にもできない。
我慢して無数の社交辞令を受けてきたのだが、それもやっと解放された。
あとは、料理を楽しむだけだ。
「それにしても、ドレスアップした星華さんがこの場にいたら、ここにいる男どもはこぞって星華さんの周りに集まったでしょうね」
エルシーネが残念がる。やはり星華とも話したかったようだ。
「私もあの美貌を隠すのはもったいないと思います」
カリンもエルシーネに賛同した。
漆黒の長い髪に陶器のような白い肌、そして深淵に引き込まれるような黒い瞳、どれをとっても星華の美貌は完璧なのだ。
「それにあの抜群のプロポーションでしょ。あぁ、私にもせめてあの半分でもあれば……」
自分の両手を胸に当ててエルシーネは肩を落とす。
「そんなことないですよ、エルシーネ皇女殿下だって……」
「慰めはいらないわ。そういえばカリンちゃんもかなり大きいもんね。どうせ私だけですよ!」
話があらぬ方向へ向かってしまった。エルシーネがグラスのワインを一気に飲み干す。
「で、でも、エルシーネ皇女殿下はスタイル良いじゃないですか! あれほど強いのに腕も足も細くて、身体全体がこう……」
「出っ張りがないと?」
慰めは逆効果だった。
自虐的になってしまったエルシーネはさらに別のワイングラスも空にしてしまった。酔った勢いで気持ちがどん底に落ちていき、とうとう拗ね始めた。
「剣で戦っているとね、胸は邪魔になるから小さくなってしまうのよ」
そんなことはないだろうと思いながらも、酔ったエルシーネに逆らうことは賢明ではない。
カリンは何度も頷きながら、エルシーネの愚痴を聞いていたのだが。
「お話し中、申し訳ありません」
そんな折、二人に声を掛けてきた者がいた。
カリンにとっては渡りに船だったが、見たこともない女性だ。しかも、年齢不詳の美しい人だ。
「エルシーネ皇女殿下、お変わりなくお元気そうで何よりですわ」
「そう見えるのなら良かったわ」
酔ったまま毒を吐いたエルシーネだったが、女性は微笑むだけだ。
「酔っておられるのですね。こんなところをエーレヴィン皇子殿下に見られたら大変ですよ」
その言葉の効果は抜群だった。エルシーネは一気に酔いが覚めたようだ。
「その通りだわ。ありがとう、クラム大神官長」
その瞬間、カリンの固まってしまった。
ケーニス神官総長が話してくれたその名前を忘れるはずもない。
目の前のこの女性が、エースライン帝国でのファルス神教の最高位である大神官長だ。
「お、お、お初に、お目に、か、かかります。ク、クラム、大神官長様!」
しばらく呆気に取られていたカリンだったが、ふと我に返ると、食べているお皿を急いで置いて深く頭を下げた。
エースライン帝国での大神官長ということは、周辺国でも最高位の神官ということだ。
レーシング王国で神官見習いだったカリンにとっては、雲の上のさらに遥か遥か上空の人なのだ。
「こちらこそ、お初にお目にかかるわ。クラムです。貴女がファルス神教の祝福者のカリンさんね」
「はい」
カリンにしてみれば、ファルス神教の祝福者なんて大層な呼び方は嫌であったが、皇帝も大神官長もそう呼ぶのなら反論できるはずもない。
恥ずかしい気持ちで顔を真っ赤にしながら、カリンはもう一度頭を深く下げた。




