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第七十五話 エルシーネとカリン

「私の友人を困らせないでくださるかしら。お兄様」


 エーレヴィンの後ろから現れたエルシーネが淡々と嫌味を放つ。


「大丈夫、カリンちゃん? 怖かったでしょう」


「だ、大丈夫です」


 カリンは慌てて首を横に何度も振った。

 しかし、エルシーネはエーレヴィンを軽く睨む。


「知らない人ばかりで緊張している女の子に、いきなり帝国宰相閣下様が声を掛けてきたらどう思うかしら?」



 エーレヴィンは暫し考える素振りをした後、カリンに向かって頭を下げた。


「どうやら妹が言うとおり、かなり困らせてしまったようだ。すまなかった」


「あ、いえ、そんなことは……」


「もう少し緊張が解れたらまた話をしよう。それでは」



 そのままエーレヴィンは会場の中に消えていった。


 カリンはホッとしたのと同時に緊張の糸が解けたのか、ヘナヘナになる。



「ごめんね、カリンちゃん。最初から私が一緒にいてあげられたら良かったのだけど、私も皇女として色々挨拶があって遅れちゃった」


「ありがとうございます! でも、私のことは気にしないでください」


「そんなことできないわ。カリンちゃんは私の友達ですもの。さてと、私と一緒なら人混みも大丈夫でしょ? 美味しい料理を食べにいきましょう!」


 エルシーネがカリンの手を取る。カリンとしてはエルシーネの心遣いがとても嬉しかった。

 女性に囲まれてニヤけている誰かさんとは雲泥の差だ。


「はい!」


 勢いよく立ち上がると、カリンはエルシーネと近くのテーブルの料理を食べ始める。


「美味しい!」


 見たこともない料理がいくつも並んでいるが、そのどれもがとても美味しい。



「それは良かったわ。ところで、星華さんは?」


 エルシーネが周りを見渡しても、それらしき姿は見えない。


「一緒に誘ったのですが、『私はいいです』って断られてしまって」


「そうか、星華さんは忍者だからね」


 忍者は基本、正体をひけらかさない。だからこそ、謁見の間で正体が知られた時、記憶を消すことができる不思議な薬草を煎じた煙で人々から星華の正体を消し去ってしまったのだ。

 あまりにも大胆な方法であったが、星華としては当然のことだった。



「まぁ変装すれば、正体も分からないし、大丈夫なんだと思うけど。でも、このパーティーには帝都の主だった人たちが三百名以上参加しているわ。彼らは主賓であるシャスターくんの正体を知っている。ということは、イオの後継者の守護者(ガーディアン)の存在を聞いたことある者もいるということ」


 エルシーネが悪戯っぽく人差し指を口に当てる。


「彼女はあまり多くの人に素顔を晒されたくないのよ」


「なるほど」


 カリンも承知したが、星華のことが不憫にも思えた。こんな美味しい食事も食べられないからだ。それに普段だって単独で警戒に出ている。カリンが寝ている間も働いていることが多いのだ。


「こればっかりは、彼女の任務だからね。私たちがとやかく口を挟むことではないし」


「星華さんはなぜシャスターの守護者(ガーディアン)なのですか?」


 カリンはずっと疑問に思っていたことを尋ねる。しかし、エルシーネは軽く微笑むだけだ。


「ごめんね、カリンちゃん。それは直接本人から聞いてみて」


 そういえば、ゴブリンの本拠地に四人で向かっている時、エルシーネがシャスターと星華の関係を話そうとして、シャスターに怒られていたことを思い出した。

 何か特別な理由がありそうだが、エルシーネは決して話さないだろう。

 それに、これ以上詮索するのは、ここにいない星華に対して失礼だ。


「分かりました」


 カリンは料理を食べながら、大きく頷いた。


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