第七十四話 エーレヴィンとカリン
エーレヴィンはカリンに微笑んだ。
「私のことを覚えていてくれたとは光栄だ」
「帝国の宰相閣下様を覚えているのは当たり前だ。それにパーティーの前に会ったばかりで忘れようがない」と突っ込みたかったカリンだが、当然そんなことを言えるはずもない。口から出た言葉は全く別のものだった。
「な、なぜ、このような所に?」
先ほどまでエーレヴィン皇子も多くの人々と談笑をしていたはずだ。
彼もまたシャスターと同じく令嬢たちに囲まれていたはずだったが。
「どうも、私はこういうのが苦手でね。立場上、そんなことは言えないのだが」
エーレヴィンが笑ったが、妹を皮肉る時の笑い方ではなかった。
「それで社交辞令で着飾っている人々と話すよりは、貴女と話す方が面白いと思ってね」
「こ、こ、光栄です!」
緊張しているカリンを見て、エーレヴィンが優しい表情になる。
「緊張する必要はない、と言っても無理かな。ただ、貴女は我々の客人だ。あまり気を遣わないで欲しい」
「は、はい! 善処するように心掛けたいと思います」
意味の分からない丁寧語を使ってしまい、エーレヴィンにもう一度笑われてしまった。
「面白いお嬢さんだ。そんな感じでシャスターとも楽しく旅を続けてきたのかな?」
「シャスターと楽しく旅だなんて、とんでもありません!」
それからカリンは旅の道中、シャスターに虐げられてきたことや、からかわれたことを話し続けたが、ふと我に帰り慌てて口を押さえた。
「も、申し訳ありません。私ったらつい口が過ぎてしまいました」
「気にすることはない。しかし、なるほど、彼が貴女を連れている理由が何となくだが分かった」
「連れている理由ですか?」
「本来、『五芒星の後継者』の修行の旅は一人だ。まぁ、シャスターのように守護者が供する場合もあるが」
そういえば、シーリス魔法学院の後継者であるヴァルレインはひとりだった。
そして、守護者とは星華のことだ。普通は一人旅か二人だということなのか。
「それなのにシャスターは貴女を連れている。当初から不思議に思っていたのだが、貴女と話をして分かった気がする」
「!?」
不思議そうな表情をしているカリンを見て、エーレヴィンは笑った。
「貴女は分からないままでいい。そして、これからもシャスターと旅を続けて欲しい。少し性格が変わっているところもあるが、根はいい奴だ」
「はい! 初めて会った時、シャスターは殺されそうだった私を助けてくれました。そして、レーシング王国そのものも助けてくれました。シャスターは私にとってもレーシング王国の国民とっても、とても大切な命の恩人です。だから、少しくらい性格が悪くてもいいのです」
カリンはきっぱりと言い切った。
「やはり、貴女な面白い女性だ。ファルスの神々が気に入るわけだ。私が言える立場ではないが、これからもシャスターを宜しくお願いする」
帝国宰相にお願いされるなんて。
カリンが慌てふためいたところで、別の声が割り込んできた。




