第七十二話 兄と妹の団欒?2
エルシーネはエーレヴィンを睨みつけながら口を開いた。
「兄上の言うとおり、今回の事件の全容を私だけに話したら公私混同よ。でも、そんな重大なことなら武官の最高位である十輝将たちに話しておく必要はあったと思うわ。最前線で命懸けで戦っているのは彼らなのよ」
「ふむ、その言に関しては、確かにお前に一理ある。すまなかった」
意外なことにエーレヴィンは素直に謝った。
カリンは内心で驚いた。まさか自分の非を認めるとは思わなかったからだ。
さらにエーレヴィンは言葉を続けたが。
「考えるよりも行動することが早いお前にしては、近年稀にみる至言だ。精神面も少しは成長しているようだな」
余計過ぎる一言だった。
エルシーネは俯きながらピクピクと震えている。もちろん、嬉しさからではない。これこそが、妹が兄を大嫌いな理由なのだろう。
「エルシーネの提言を受け入れよう。明日の朝九時より会議を行う。帝都にいる各将軍と各大臣クラスに集まるように伝えてくれ。また任地にいる将軍たちには魔法の画面で参加するようにと」
エーレヴィンは離れたところに立っている書記官に指示すると、書記官は了承の意で頭を下げ静かに部屋から出ていく。
「兄妹のケンカは終わったようだね」
兄妹の内輪揉めをニタニタしながら一部始終を見ていたシャスターがやっと口を開いた。
彼としては皇族同士のいざこざを見られて、とても楽しい時間だったのだろう。しかし、エーレヴィンはそんなことを気にする素振りは一切なかった。そもそも、気にするのであれば、兄妹二人だけで話す時間を設けたはずだ。
一口紅茶を飲んだエーレヴィンはシャスターに視線を向けた。
「ああ、つまらないものを見せてしまった。さて、話を変えよう。まずは例の少女についてだが」
エーレヴィン言っている少女が誰なのか、カリンにはすぐに分かった。
フローレだ。
「魂眠の解除について、学者たちに急いで調べさせている。もう暫く待って欲しい」
知識の宝庫であるエースライン帝国の学者たちでも、魂眠を解除する方法を探し出すのには時間が掛かる。
それだけ難題ということだ。
「分かった。それについてはエーレヴィンに任せるよ」
シャスターはエーレヴィンを信頼している。だからこそ、これ以上あれやこれやと質問をすることはない。そして、カリンもそれに従った。
「それでは話はここまでだ。パーティーまで、まだ少し時間がある。チェスでも楽しもうか?」
「おっ、いいね」
「前回まで私の勝ち越しだったな」
「あれから二年も経つし、もう負けないさ」
「強くなっても、私が勝つことは変わらんさ」
「へぇー、それは楽しみだ」
二人は笑い合う。
こうやっていると、二人ともどこにでもいる好青年に見えるのだが、もちろんそれは見た目だけだ。
二人とも大陸の最高位に位置する人物なのだ。
そう考えると、この場に一緒に同席している自分にとても違和感があり、この状況が信じられないカリンだった。
「カリンちゃん、こんな二人なんか放っておいて皇宮を案内してあげる。星華さんも一緒に行こう」
もうここには用がない。それなら一秒でも早くこの部屋から出て行きたいエルシーネはカリンたちを誘って出て行こうとした。
「星華も行ってきていいよ。ここは安全だから」
「了解しました」
シャスターの言葉に星華は表情を変えることなく頭を下げた。
「それじゃ、カリンちゃん、星華さん、行こう!」
勢いよく扉を開けると、我一番にエルシーネは出て行くが、その背中に声をかける人物がいた。
「エルシーネ、お二人に迷惑をかけるのではないぞ」
直後、エルシーネの右手拳が壁を強く叩く。
壁には大きな穴が開いたが、それを気にすることなくエルシーネは廊下を早足で歩き続ける。
そんな皇女の後ろを急いでついていくカリンは、しばらくの間エルシーネの表情を見ることができなかった。
「さてと、邪魔者がいなくなったところで、始めようか」
何事もなかったかのように平然としているエーレヴィンは、チェスを取り出した。
結局、アルレート将軍たちの予想に反して、シャスターとエーレヴィンはロード化した魔物の詳細については話すことなく、本当にチェスを楽しむだけでそのまま夜のパーティーを迎えた。




