第六十三話 ファルス神教の祝福者
「その通りでございます。皇帝陛下」
体格に似合わないほど静かにザン将軍が声が謁見の間に響く。
カリンがファルス十二神全てと契約できたことについては、ベックスのケーニス神官総長を通じて既にシャード皇帝に伝わっていた。
しかし、皇帝はあえてこの場では詳細に話を聞こうとはしなかった。
この大広間には大勢の臣下たちがいる。彼らの前であまり表沙汰にしない方が良いと思ったからだ。
「なるほど、澄んだ良い眼をしておる」
声を掛けたシャード皇帝から優しい瞳を向けられたカリンは、緊張しながらも安堵に包まれる不思議な感じがした。
「色々と不安だと思うが、あまり気にすることはない。いずれにせよ、詳細については後でクラム大神官長に尋ねるがよい。ファルス神教の祝福者よ」
「……ありがとうございます」
カリンは小さな声で答えた。
ファルス神教の祝福者とは誰のことかと思ったカリンであったが、この状況下では自分のことであることに間違いはない。
そんなカリンに優しく微笑みながら頷いた皇帝は、今度はエルシーネに目を向けた。
「そして最後にエルシーネ将軍、ザン将軍よ!」
「はっ!」
「この度のゴブリン軍への撃退、見事であった。両名の働きで十五年前のアイヤール王国の惨劇を再び起こすことなく阻止することができた。感謝する」
「過分なお言葉ありがとうございます。我々は職務を果たしたまでです」
「ふむ。ザン将軍よ、これからも南東地域の守りを任せたぞ」
「ははっ!」
ザン将軍はそのまま一歩下がったが、エルシーネは動かない。
「何か不服でもあるのか? エルシーネよ」
「不服などありません。ただ、陽動なら陽動と教えておいて欲しかっただけです」
不服がないと言いながら、不服そうに口を尖らしている娘を見て皇帝は苦笑した。
「お前はゴブリン・ロードと戦いたかったようだな」
「そんなことは申しておりませんが……」
「私が決めたのだ、エルシーネ」
突然、別の声が割り込んできた。
しかし、エルシーネは驚いてはいない。声の主を良く知っていたからだ。
シャード皇帝の横でずっと立っている人物、エースライン帝国の宰相を務めている皇帝の片腕とも言うべき人物、そしてエルシーネが一番苦手にしていて一番嫌いな人物。
エルシーネの兄であるエーレヴィン皇子だった。




