第二十七話 三人の同志
その人物は笑いながら、マルバスに椅子に座るように勧めた。
勧められたのに断るのは逆に失礼だ。
マルバスは椅子に座りなおすと、その人物に対して静かに声を掛けた。
「なぜ、このような場所においでなのですか!? ラウス様!」
ラウス……国王の次男、領主デニムの弟であり、レーシング王国東領土の領主である。
領民の生活向上を第一に掲げるその治世は、とても安定しており、経済成長も非常に伸びているという噂だ。
まさにデニムとは対極にいる領主であるラウス。
そのラウスがどうして敵領地とも言える西領土にいるのか。
しかし、マルバスは今までの状況から既に自分自身で答えを導き出していた。
「なるほど、そういうことですか」
マルバスは失礼にならないよう微笑む。そして、ラウスではなく隣に立っているエルマを見つめた。
「エルマ殿、あなたは最初からラウス様の部下だったのですね」
「その通りだ」
またもエルマは素直を認めた。
ラウスまでいるのだ。マルバスに隠し事をする必要はなかった。
元々エルマは傭兵だった。各国を放浪して武者修行を続けていたのだが、レーシング王国の東領土に立ち寄った時、ある村で村人が山賊の被害に遭っていることを知った。そこでエルマは山賊討伐を請け、たったひとりで見事に十人以上の山賊を倒したのだが、その強さを聞いたラウスがエルマを直属の護衛にしたのだ。
それから、エルマはラウスと共に行動するようになり、そのうちラウスの理想を知ることとなった。
とても素晴らしい理想だと思った。
しかし、戦うことしか知らないエルマは政治的手腕ではラウスの理想を手助けすることはできない。どうしたらいいのか悩んでいた時に、ラウスから西領土の領主デニムの話を聞かされたのだ。
デニムが傭兵部隊を創り、強い者を集めていると。
それを聞いたエルマは、その場でラウスに西領土に行き傭兵部隊に志願することを願い出た。
そして、幸いなことにエルマの存在をデニム領内はもちろん、ラウスの周辺でも側近しか知らなかったので、正体がバレることもなく西領土の傭兵部隊に入れたのだ。
それから傭兵隊長になり、自分の考えに賛同でき信頼できる部下だけを集めて現在に至る。
「俺は傭兵隊長の立場を利用して、西領土の情報をラウス様に伝えていたのさ」
エルマは屈託なく笑った。
そして目の前の人物、ラウスもマルバスに対して微笑んでいた。
「改めて挨拶をさせて頂こう。私は東領土の領主ラウス・レーシングだ。マルバス殿の噂はよく聞いている」
「私の噂などお耳汚ししかございません」
マルバスは慌てて頭を横に振って恐縮している。
「いやいや、キミの噂は東領土まで届いているよ。かなりの実力の持主であり、統率力にも優れているとね」
「お恥ずかしい限りです」
少し前なら褒められて嬉しかったが、今ではそんな気持ちにもなれない。今の騎士団長には足元にも及ばないことを当のマルバスが一番よく知っているからだ。
「ところで、ワインを美味しく飲んでもらえたようだが」
「はい。とても美味でした」
「このワインは東領土で作られたものなのだ」
それを聞いてマルバスは衝撃を受けた。
西のデニム領と東のラウス領は地形も気候もほとんど変わらないはずだ。しかし、デニム領ではこんなに美味なワインは作れない。今飲んだ東領土産のワインは、マルバスがいつも飲んでいる西領土産のワインとは天と地との差だ。
その理由は何か。
マルバスはすぐに思い至った。
噂どおり、ラウスは領民をとても大切にしているからだ。そして領民はそれに応えるように地場産業を発展させて、結果的にラウスの東領土の経済力を底上げしているのだ。
ワイン一口だけで、マルバスは圧倒的な経済力の差を思い知らされた。
「私は西領土の領民にも幸せになってもらいたいのだ」
それは、ラウスが西領土も望んでいるということを意味していた。先ほどエルマはデニムを「殺したい」と言っていたが、その後の西領土の領主をラウスが兼ねるという意味だったのだ。
つまり、東西領土の併合だ。
「そして、最終的にはレーシング王国の全ての民を幸せにしたい」
「ラウス様、それはまさか……」
「そうだ。私がレーシング王国の国王になる!」
強い決意でラウスは語った。
確かにラウスが東西領土を併合すれば、国王が黙っているはずがない。必ずや両者で戦争が起こる。ラウスはそこで勝利し国王になろうというのだ。
それは、あまりにも壮大な計画だった。
しかし、それに比例して無茶な計画だともマルバスは思った。
西領土の兵力は西領土騎士団、傭兵隊合わせても三千人を超える程度、東領土騎士団も同程度のはずだ。それに対して、国王軍は一万人もの王領騎士団が主体となり編成されている。兵力数が違い過ぎるのだ。
仮にラウスが東西領土の併合に成功したとしても、そこまでだ。
なぜなら、その後ラウスの軍が東領土と西領土それぞれから進軍して王領を挟撃しようとしても、国王軍なら東西二つに兵力を分散することが可能だからだ。しかも、分散しても相手以上の兵力で当たれる。
通常の戦いでは兵力がモノを言う。国王軍は圧倒的に有利なのだ。それらを考慮すると、ラウス軍の勝利は無いに等しい。
それなのにラウスの表情を見る限り、悲壮感は皆無だ。
「マルバス殿は、私が無謀な戦いに身を投じると思っているのではないかな?」
その通りだと思っているので、マルバスとしては黙ったままだ。
それを見て、ラウスは軽く笑った。
「さすがマルバス殿だ。客観的に戦力を分析し、完全に主観を外している。三流の指揮官は自分たちに都合良いように解釈をして戦いに負けるものだ。だからこそ、マルバス殿が西領土随一の騎士と言われるのも頷ける」
そうでしょうな、と大きく頷いているエルマを横目に、マルバスはラウスを見つめている。
いくら褒められても、この兵力差はどうしようもないのだ。
「しかし、マルバス殿の兵力分析は公な情報を基にしたものだな」
「!?」
ラウスは何を言おうとしているのか、まさかと思いマルバスは息を飲む。
「東領土の騎士団の数は八千人を超えている」
「八千人ですと!」
マルバスはその数に驚愕した。
ラウスの思わせぶりな話から、内密に兵力を増強しているだろうと予想はしていたが、それでも八千人とは思わなかった。騎士を持つと言うことは騎士を養うことができるということ、つまり経済力に余裕がないと無理だからだ。
東領土は少なく見積もっても西領土の倍以上の国力があるということだ。それどころか一万人の騎士を有する王領とそれほど差がないとは。
「先ほどのワインでも分かって貰えたと思うが、我々の経済力はすでに西領土を優に超えている。東のアイヤール王国との迂回街道も整備され、南に流れる大河を渡るための港も拡大し、他国との交易も盛んだ。だからこそ八千人もの騎士を持つことができるのだ。もちろん、そこは国王にバレないように騎士の数も隠しているし、経済力も低めに報告しているがね」
ラウスは悪巧みしている子供のように笑ったが、マルバスは笑えなかった。
今ここではレーシング王国の未来を決める会話がされているからだ。そして、それだけの兵力があれば充分に戦える。
「それでも国王軍の兵力がまだ上回っているでしょう。しかし……」
「ああ、作戦次第ではこちらが優位になる。そして、三者会合が行われる今こそが絶好の機会なのだ!」
ラウスは力強く断言した。
「そこで作戦だが」
ラウスはエルマに目を向ける。心得ましたという表情でエルマが作戦を説明し始めた。
三者会合が行われるにあたり、明日から領主デニムと騎士団長シャスターが西領土を離れる。しかも今回は運が良いことに、フーゴたち騎士団長派の親衛隊を連れて行くことが決まっている。
「そこでマルバス殿は残りの騎士団員を掌握して、ここ西領土で反乱を起こしてもらいたい」
エルマに頼まれて、マルバスは暫し考える。
騎士団長派千五百人といっても、今回親衛隊として同行する百人が中核であって、他の千人以上は上役である百人に強制的に指示されているだけの一般騎士だ。
マルバスが懐柔すれば問題なく従うだろう。だから、騎士団を掌握するのはそれほど難しくはない。
さらに、西領土の兵力はノイラ城に集中している一極集中型だ。つまり、その中心で騎士団が反乱を起こせば、城をおさえることは容易のはずだ。
しかし、だからこそマルバスは慎重になっていた。
「今回の親衛隊の同行があまりにも不自然です。まるで、最初から留守中に我々副騎士団長派に反乱を起こさせようとしている気がします」
もし今回の三者会合にフーゴたち親衛隊が同行しなければ、マルバスが城で反乱を起こすことは難しかっただろう。
反乱を起こすのに、こんな良いタイミングはない。
いや、タイミングが良すぎるのだ。
つまり、シャスターがマルバスたちを罠に掛けようとしているのではないか、とマルバスは考えた。
三者会合に同行するように見せて、実は親衛隊は領内に隠れていて、反乱を起こそうとしている副騎士団長派を討伐しようとしているのではないか。
「そうなれば、我々副騎士団長派を効率良く一網打尽で静粛できる」
マルバスは言い切ったが、その考えには当然ながらラウスとエルマもたどり着いていた。
しかし、二人の考えはマルバスとは異なっていた。
「シャスターは、マルバス殿たちが反乱を起こすなど思っていないはずだ」
「なぜですか?」
マルバスの当然過ぎる質問に、エルマは親衛隊の同行が決まった経緯を話すことにした。
「あの日、俺とシャスターが領主デニムに呼ばれて三者会合の同行を命じられ退出した後、シャスターはデニムに伝えることがあると言って戻ったのだ」
不審に思ったエルマは自室に戻ると、すぐに盗賊ギダに命じて謁見室に向かわせた。デニムの部屋と違い、謁見室には結界は張られていない為、ギダはすんなりと二人の会話内容を聴くことができた。
しかし、残念なことにギダが謁見室に着いた時は、既に会話の後半部分だけだった。
その時、デニムはとても愉快そうに大笑いをしていたらしい。
大笑いしているデニムに、シャスターが「新設した親衛隊の百人を連れて行こうと思うのですが」と提案したところ、デニムは「分かった、王領に連れて行くことを許す」と許可を出したとのことだった。
それだけの会話では、デニムが大笑いするような、または親衛隊の同行を許すようなことが何なのかは分からない。
しかし、分かったこともある。
「デニムとシャスターが何か計画を立てているのは間違いない。しかし、親衛隊を王領に連れていくという言葉からして、西領土に残る副騎士団長派の反乱を意味するものではないと思うのだ」
「確かに……」
「それに、仮に反乱を討伐するためだったとしても、マルバス殿ならフーゴたち親衛隊など簡単に返り討ちできるだろう」
エルマにそう言われてマルバスは苦笑した。確かにその通りだからだ。つまり、シャスターは副騎士団長派の反乱を想定しているわけではないということだ。
「だからこそ、マルバス殿は思いっきり反乱を起こしてもらいたい」
エルマはマルバスを真剣な眼差しで見つめる。マルバスとしても受けない理由がない。
「了解しました」
マルバスは頭を下げて反乱を起こすことを了承した。
「ところで、我々が反乱を起こす時、傭兵隊は何を?」
当然気になる質問だ。
「当たり前だが、俺はデニムと一緒に王都に行く。だからその間、傭兵隊に命令する者はいない」
「しかし、それでは……」
傭兵隊が動かないとなると、大きな戦力ダウンになってしまうのは確実だ。
「安心して欲しい。傭兵隊には今回の計画は伝えてある。奴らには密かに同盟を結んでいる西領土の十の町に分散し、デニムたちが王領に着いた翌日に一斉蜂起することになっている」
「そんなにも多くの町を味方に引き入れているのですか!? いつの間にそんな密約を?」
西領土には二十五の町があるがフェルドは滅んでしまったので残る町は二十四だ。そのうち十の町をすでに仲間に引き入れているとは、なんと大胆な行動力なのだろう。
しかも町を統治する役目の騎士団、その副騎士団長だったマルバスでさえ全く気づかなかった。徹底した秘密裏に動いていたのだろう。
町長たちをまとめ上げる統率力にもマルバスは驚かされた。
「ラウス様は数年前から水面下で西領土の町長たちと接触していたのさ」
本来の計画ではフェルドの町長を中心にそれら多くの町を巻き込み反乱を起こす予定であった。
しかし、領主デニムに命じられて、傭兵隊がフェルドを襲うことになってしまった。
仕方なくエルマは傭兵隊を引き連れてフェルドに来たが、当然ながら住民を殺すつもりはなかった。反乱の中心となる町を壊滅させるわけにはいかないからだ。
そこで、フェルドの町を多少破壊してあとは用心棒を殺すなり捕まえるなりして、デニムの目をごまかそうとしていた。
しかし、ここで予定が大きく狂ってしまった。
用心棒のシャスターが、デニムに気に入られ、さらにフェルドの町を滅ぼしてしまったからだ。
反乱の計画を一旦白紙にするしかない。
ラウスの手紙でそう伝えられたエルマだったが、逆に今回の件を逆手にとって一気に反乱を進めようと計画したのだ。
それがラウスとマルバスを対面させることだった。
エルマはすぐに手紙を書きラウスに三者会合の前に内密に西領土に寄ってもらうことを願い出た。
手紙を受け取ったラウスは暫し考えた。西領土に行くことは自殺行為に等しかったからだ。見つかれば、デニムに適当な口実で殺されるのが明白だ。
しかし、結局ラウスはエルマの願いに応じた。マルバスと話し合うことで、フェルドで反乱を起こす以上の成功が見えていたからだ。
まさにピンチをチャンスに変えたのだ。
「私があなた方の同志になることは、最初から織り込み済みだったというわけですね」
「そのとおりだ!」
勢いよく断言したエルマにマルバスは苦笑した。
彼の考えは見透かされていたのだ。しかし、だからといって悪い気はしない。むしろ清々しい気持ちだった。
「他のことを気にせず存分に反乱を起こして欲しい。傭兵隊の奴らは自分の考えで動くことができる。俺が直接指示をしなくとも最善な行動をするから大丈夫だ」
そこが傭兵隊の良いところだった。騎士団は命令されたことだけを行うが、傭兵隊は自分たちの意思で自由に行動できるのだ。そんな彼らを統率するのが隊長であるエルマの仕事なのだが、そのエルマがいなくても彼らは自分たちのやることは分かっている。
「マルバス殿たちや町々の反乱を知ったデニムは、国王軍の一部を借りて反乱を鎮圧するために領内に戻るだろう」
「その時、マルバスの旦那は出撃などせずにそのままノイラ城で籠城していてくだせえ。俺たちがゲリラ作戦で国王軍を翻弄してみせますんで」
当然天井から声が聞こえてきてマルバスは驚く。それを見てエルマは笑った。
「俺の片腕である盗賊のギダだ。今この部屋の警備をしているので姿は見せられないが、まぁギダの言うようにそのまましばらくの間は籠城してくれ」
そして、国王軍がゲリラ作戦で消耗したところを城から出てきたマルバスたち騎士団が一気に攻め滅ぼす。するとメンツを潰された国王は激怒し、さらに多くの国王軍……おそらく全軍を西領土に投入するだろう。
それこそが今回の作戦の狙いだ。
それと同時に東領土の騎士団が王領に攻め込む。多くの国王軍を西領土に行かせてしまった為、王領は手薄になっているところへ東領土八千人の騎士が攻め込むのだ。
王都は簡単に落ちるだろう。
「以上が王都占領の作戦内容だ」
自信満々にエルマは説明をして横に座っているラウスも余裕の笑みを浮かべている。二人とも余程この作戦に自信を持っているのだろう。
確かにマルバスが客観的に見ても勝利の可能性は高い。
「問題は強力な魔法使いである国王とデニムだが、さすがに八千もの騎士たち相手では何もできまい。それに今回の同行中、隙があればいつでも俺はデニムを殺すつもりだ」
エルマならそれも可能だろう。そうなれば、ますます勝利の可能性が高くなる。
「分かりました。私もラウス様に賭けてみることにいたします」
マルバスはワインを一気に飲み干した。
「西領土でもこんなワインを作れるように」
三人は三者三様に笑いながら、作戦の詳細を決め始めた。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
今回のお話で、東領土の領主で、デニムの弟であるラウスが出てきました。
エルマの本当の正体も分かり、マルバスも仲間になりました。
レーシング王国が大きく動き出しそうです。
それでは、これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!




