第五十二話 カリンの可能性
「こんなことってあり得るの?」
エルシーネが怪訝そうに尋ねると、ケーニス神官総長は生真面目な表情に戻った。
「過去に同じ事例はあります。ただ非常に珍しいことは確かです」
そもそもファルス神話に登場する十二神は代表格な神というだけで、全員が全員とも仲が良いというわけではない。
先ほどの主神ヴァンシルと軍神ティールが良い例だが、他の神々でも色々と関係性がある。だからこそ、通常は二、三柱の神との契約しかできない。ある神と契約したことで、その神と関係性の悪い神との契約ができなくなってしまうからだ。
しかし、その中でも神々から気に入られて多くの神々と契約する者も稀にいる。
ケーニス神官総長は七柱の神と契約しているが、関係性の悪い神同士でも契約できたのは、その神々が関係性以上に、その契約者であるケーニス神官総長を好んだからだ。
「十一柱の神々と契約できたことは、十一柱の神々から祝福と寵愛を受けたということです。カリンさんにはそれだけ神々に気に入られる能力があるのです」
「いえ、私にはそんな……」
慌てて手を振って否定するカリンであったが、十一神と契約できたのは事実だ。
「カリンさん、今回の旅が終わったら、エースライン帝国で神官としての修行して頂けませんか?」
ケーニス神官総長が勧めるのも無理はない。
カリンはそれだけの才能を持っているからだ。
エースライン帝国の上位の神官として将来が約束されたのも同然だ。いや、それどころかさらなる上に立つこともできるだろう。
「実は現在のエースライン帝国にも、十一神と契約した者が一人だけいらっしゃいます」
「誰ですか?」
「エースライン帝国全ファルス神教を統べる最高位であらせられるクラム大神官長です」
「クラム大神官長もそうだったの?」
先に驚いたのはエルシーネだった。
皇族とだけあって、クラム大神官長と会う機会も多いからだ。
「そんな話、本人から一度も聞いたことがないわ」
「わざわざ言う必要のないことだからですよ」
ケーニス神官総長は笑った。
「それじゃ、カリンちゃんはクラム大神官長と同じ能力を持っているということ?」
「はい」
「まさか、次期大神官長になれる可能性も?」
「高いと思います」
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
二人が真剣な表情でカリンの想像も及ばない遥かかなたの次元の話をしているのを見て、カリンは居たたまれなくなった。
「お二人だけで話を進めないでください」
カリンは十一神と契約できたことで頭が大混乱を起こしているのに、さらにその上に大きな混乱が起きようとしているのだ。
カリンとしてはたまったものではない。
しかし、逆にケーニス神官総長はいたって冷静だった。
「カリンさん、よく聞いてください。先ほどから申しているとおり、十一神と契約できた貴女の神官、神聖魔法の使い手としての能力は類い稀なものです。そしてその事実は、貴女がエースライン帝国の大神官長になれる可能性も意味しているのです」
「私には絶対に無理です」
カリンは首が振り切れるほどに大きく頭を何度も振る。
「もちろん、今のカリンさんには無理でしょう。大神官長には多くの知識やカリスマ性、さらには色々な経験等々が必要だからです。しかし、大神官長として何よりも必要なものは高い能力値なのです。カリンさんにはそれがすでにあります。だからこそ、エースライン帝国で修行をして頂きたいのです」
ケーニス神官総長の熱意ある説得は、それだけでカリンの能力が並々ならぬものであることを示していた。
「それでは、今後の話もありますし、まずは私の書斎に戻りましょう」
「ちょっと待って」
契約の部屋から出ようとしているケーニス神官総長を呼び止めた者がいた。
シャスターだ。
「まだひとり、神様が残っているけど?」
十二神の像は丸い円のように並び建てられている。
その正面には主神ヴァンシルが建っているが、対角線上の裏にはまだ契約を試していない像が建っていた。
その神だけがまるで他の神々から取り残されたように、後ろ向きのままひっそりと佇んでいた。




