第四十六話 帝都に向かって
翌朝、といっても陽はすでに高く昇っている時間だったが、シャイドラの城門外にエルシーネたちの姿があった。
「遅い!」
「ごめん、ごめん。昨夜飲み過ぎたせいで寝過ごした」
エルシーネに怒られたシャスターが頭を下げる。
集合時間を過ぎてもシャスターが来ないのでカリンが見に行ったら、シャスターはまだ寝ていたのだ。
カリンが叩き起こして無理やり引っ張って来たが、すでに集合時間を三十分も過ぎている。
「まったく、もう」
「本当にごめん」
平謝りするシャスターを見てザン将軍が苦笑する。
「それでは行きますか」
帝都にはザン将軍、エルシーネ、シャスター、星華、そしてカリンが向かうが、彼らの護衛として百名の騎士が同行する。
当然五人にとっては護衛など必要ないのだが、公的な用事で帝都に向かうため、ある程度の見栄えは必要なのだ。
「出発!」
ザン将軍の号令と共に一行の馬が駆け出す。
エースライン帝国の地図で見ると、シャイドラは最南東の国境にある。つまり、帝国のほぼ中央に位置する帝都には北西向かって進むことになる。
シャイドラを出発した一行は峠の中をしばらく進むが、アイヤール王国側とは違いエースライン帝国側の街道は峠道とはいえとても広く、石畳できれいに舗装されていて馬で進んでも振動が少ない。今まで通ってきた平地の街道以上に快適だ。
シャスターの話によると、エースライン帝国の主要な街道はこのように舗装されているとのことだった。
街道の一点だけ見ても、エースライン帝国の圧倒的な国力が垣間見れる。
「どう、カリンちゃん? 街道がキレイだから馬で進むのが楽でしょ」
「エルシーネが言っても説得力がないよ」
代わりに答えたのはシャスターだった。
エルシーネだけがペガサスに乗っていて、空中を走っているからだ。当然エルシーネには振動はない。
「何言っているの? 私は高い場所から安全を確認しているのよ」
「はいはい」
二人のやりとりを見てカリンは苦笑した。
全く緊張感がないからだ。これから向かう場所は大陸にある百数十の国家の頂点に立つ七大雄国の一角、エースライン帝国の帝都。
そして帝国の頂点に君臨する皇帝陛下に会いに行くのだ。親子であるエルシーネはともかく、シャスターは少しぐらい緊張しないのか、と思ったカリンだったが、全く緊張していないことは一目瞭然だ。
少しでも緊張感があったら寝坊などするはずがない。
逆にカリンは緊張して昨夜はあまり寝ていない。
もちろん、カリンが皇帝と会うことはない。謁見するのはシャスターだけであって、カリンは城外で待機だろう。しかし、それでも緊張はするのだ。
そんなことを考えながら馬を進めていたカリンだったが、いつの間にか山脈の風景は消えていて、代わりに広々とした平原が目の前に広がっている。
峠を抜けてエースライン帝国側のなだらかな麓におりてきたのだ。
「わぁ、すごい!」
感嘆しているカリンの横でザン将軍が笑う。
「シャイドラは山々に囲まれた辺境地だからな。これがエースライン帝国の一般的な風景だ」
街道はまっすぐ北に延びていて、その地平線の先には町が見える。まだかなり先だろうが、ここからでも見えるということはかなり大きな町なのであろう。
「あれは大都市ベックスだ。さて、今日はここまでにして休もう」
ザン将軍は街道沿いの少し先にある建物に目を向けた。かなり大きな建物でしっかりとした造りをしているが、カリンには何なのか分からない。
「あれは兵士たちの詰所よ」
「あれが、詰所ですか?」
エルシーネの説明にカリンは驚いた。
兵士たちが周辺を警備するための拠点所、それが詰所だ。
レーシング王国にもあったし、死者の森では廃墟の詰所で泊まったりもしていた。だから、カリンもよく知ってはいるのだが、この建物はカリンの知っている詰所とは明らかに違う。
詰所とは数人の兵士たちが滞在している建物であり、普通はそれほど大きくはないはずだが、目の前の建物は百人単位が滞在できるような、まるで砦のような造りであった。
詰所の前には多くの兵士たちが、一行を出迎えていた。駐在している部隊に事前に連絡がいっていたのだ。
ザン将軍たちは入口で馬を預けると、そのまま建物の中へ入っていった。
「エースライン帝国は、何もかもが桁違いに大きいから。いちいち驚かなくてもいいよ」
シャスターがカリンに小声で教えた。
カリンはただ頷くしかなかった。
翌朝。
「このまま進めば、今日中に大都市ベックスに到着する。今夜はベックスで休憩だ」
「はっ!」
ザン将軍が騎士たちに声を掛けると全員の馬の速度が少しだけ速まった。
一行は一面に広がる平原の中を駆けて抜けて行った。




