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第四十四話 言い返せない怒り

 翌々日、急いでシャイドラに戻ってきたシャスターたち迎えたのはザン将軍だった。


「四人とも早かったですな」


「ザン将軍こそ、早過ぎない? こんなにも早くアイヤール王国侵攻軍を全滅させて帰ってきて、さらにシャイドラ侵攻軍まで全滅させるなんて、さすがだわ」


 ザン将軍は精鋭五千騎だけを引き連れて夜通しかけて電光石火の速さでシャイドラに戻り、城の守備隊と連動して内と外からでシャイドラを攻めていた二万のゴブリン軍を壊滅させたのだった。


「この程度は当然のこと。それよりも」


 ザン将軍の表情が険しくなる。


「事後報告を共有したいので、中へ」


「そうよね……分かったわ」


 一同は都市の中央にある政庁に向かった。

 数日前シャスターたちが到着したときに晩餐会が行われた場所だ。テーブルの上にはすでに料理が並べられていた。




「長い山道で腹も空いていることでしょう。お食べください」


「いただきまーす」


 シャスターは料理に食らいついた。

 カリンもゆっくりと食べ始めた。惨たらしいゴブリンの死体のショックから、カリンはなんとか立ち直っていた。そんなカリンを見つめていた星華も静かに食べ始めた。


 しかし、エルシーネだけは料理に手をつけていない。先に聞きたいことがあったからだ。


「ザン将軍、今回のゴブリンのことだけど……」


「ええ、私も途中で気が付きました」


 ザン将軍はエルシーネの言いたいことが分かっていた。エルシーネに目を向ける。



「全てはエーレヴィン皇子殿下の戦略の一環だったのです。我々の役目はゴブリン・ロードの罠に引っかかったまま、シャイドラ侵攻軍とアイヤール王国侵攻軍を撃退することだったのです」


「私たちは完全なピエロね。まんまと兄上の策略にはめられたわ!」


 エルシーネは不満をぶちまけた。

 それをザン将軍は静かに諭す。


「敵を騙すのなら先ずは味方から、という格言があるように、我々が知っていたらそこに隙が生じたかもしれません」


「だからといって、私たちに何も連絡がないなんて!」


 エルシーネが机を叩くが、ザン将軍は至って冷静だ。


「私はエーレヴィン皇子殿下のお考えが少しだけ分かるような気がします」


「どういうこと!?」


「仮にエーレヴィン皇子殿下が今回の戦略の全貌を先に我々に話していたとしましょう。しかし、それを知ったエルシーネ皇女殿下、貴女はおとなしく陽動であるシャイドラに来ましたか?」


「!!」


「おそらく、貴女自身がゴブリン・ロードと戦いたい為、強引にザール平原に向かったと思います。それではエーレヴィン皇子殿下の戦略は全て無駄になってしまったはずです」


 ザン将軍の皇女に対する歯に衣着せぬ発言は、不敬罪にもなりかねない。

 ただし、当然ながらエルシーネは「無礼だ!」などと叫んだりはしない。なぜなら、戦場では同等の十輝将(じゅうきしょう)であるザン将軍とは強い信頼関係で結ばれているからだ。

 しかし、それ以外のことで怒りが込み上げてきていた。

 それはザン将軍の予想が見事に的中していたからだ。的中しているこらこそ、エルシーネはそれ以上何も言い返せないでいた。

 その横ではシャスターが笑いを噛み締めている。



「なによ、シャスターくん! 笑うことないじゃない」


「だって、やはりエーレヴィンはさすがだなと思って。エルシーネのことをよく分かっている」


「シャスターくんまで。もういいわ!」


 兄に対して素直に負けを認めることができないエルシーネは目の前の料理を勢いよく食べ始めた。

 こんな時は腹一杯食べて怒りをおさめるしかないと思ったからだ。


「全く、今度兄上に会った時にガツンと言ってやらないと!」



 文句を言いながら料理を食べ続けるエルシーネだったが、その願望は意外と早く訪れた。


 食事が始まってからしばらくすると、ひとりの騎士が部屋に入ってきてザン将軍に耳打ちをした。

 用件を聞いたザン将軍が手で合図して皆に話すように促すと、その騎士は手に持った用紙を広げた。


「皇帝陛下からの勅令でございます。『ザン将軍、エルシーネ将軍は速やかに帝都に戻り、今回の件の詳細を説明するように』とのことでございます」



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