第四十三話 三人の優しさ &(登場人物紹介)
カリンは、今回のゴブリン同様に「死者の森」でも多くの魔物が倒される瞬間を間近で見ていた。
あの時も何百、何千、何万というアンデッドが襲い掛かって来たし、見た目はゴブリンよりもアンデッドの方が不気味だ。
しかし、アンデッドではこんな感情にはならなかった。
その違いが、カリンには何となくだが分かる。
ゴブリンは生き物だ。斬られれば、血が噴き出すし、肉の中から内蔵も見える。苦しみや悲痛の表情も分かるし、叫び声も聞こえる。
生きているものを殺すということは、そういうことなのだ。
それが邪悪であり人に害をなす存在であると頭では理解していても、目の前で多くの生き物が死ぬ光景を見れば、感情の整理が追いつかなくなってしまう。
戦いの初心者であるカリンには仕方がないことだった。
当然ながら、シャスターやエルシーネたちもカリンの感情の起伏の理由は分かっていた。
「昨日のゴブリン討伐の時は大丈夫だったから、カリンは平気なのかなと思っていたけど……」
「そんなはずないでしょ? カリンちゃんはこの遠征の間ずっと気を張り詰めていたのよ。それが今、やっと解放されたの」
降ろされて横になったカリンの背中をエルシーネが優しくさする。
「でも、この程度で済んでいるのだから、カリンちゃんは適応性がかなり高いわよ。私なんか初陣の時、魔物を倒した後に吐きまくって、泣きわめいて、大変だったんだから」
エルシーネが皇女殿下とは思えない話をして笑いを誘った。その優しさが嬉しい。カリンも思わず笑った。
「それは何歳の時ですか?」
「えーと、たしか七歳の時だったかな」
「七歳!?」
カリンは驚いた。
その頃から魔物を倒しているとは、強い理由も頷ける。
「シャスター様、ゴブリンを魔法で消し去ってしまったらどうでしょうか?」
「ん?」
「惨たらしい死体の光景がなくなるだけでも、カリンさんは気持ち的に楽になるかと」
「あぁ、そうか!」
星華の提案にシャスターは大きく頷いた。
そして人差し指をゴブリンの城に向ける。
「烈火爆発」
シャスターの人差し指の先に小さな炎が灯る。
炎はゆっくりとゴブリンの城に向かって飛んでいく。そして、静かに城の城壁に当たった。
その直後、巨大な荒れ狂う炎が城を覆い尽くす。いや城だけではない、その周辺の平原も烈火の炎に覆われた。
城の内外のゴブリンの死体は建物もろとも跡形もなく燃えてしまった。
口を開けたままのカリンにシャスターは笑いかける。
「これで、ゴブリンの死体はなくなったから」
「あぁ……、ありがとう」
こんな魔法が使えるのなら、戦う前から使えば簡単に済んだのに……とてつもない規格外の魔法を見て、カリンの感情の起伏は一気に吹き飛んでしまった。
「……シャスターのおかげで、だいぶ楽になったわ」
「それは良かった」
シャスターはもう一度笑った。
ゴブリンの死体が消えてカリンの気持ちが落ち着いたと思ったようだ。
本当は魔法の凄まじさに呆気に取られたからであったが、この際カリンにとってはどうでもいいことだ。
「もう大丈夫です」
カリンはゆっくりと地面に足を付けると、エルシーネ、星華、そしてシャスターに頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます! これからも宜しくお願いします」
頭を上げたカリンに三人は三者三様の表情をしている。
「カリンちゃんってなんて良い子! やはり私の部下に……」
「でもまぁ、カリンの防御壁のおかげで、ゴブリンを逃すこともなかったし助かったよ」
「敗走ゴブリンを倒すのがラクでした」
カリンは三人の気持ちが嬉しかった。
「はい!」
笑顔で答えたカリンは城を後にした。
シャスターたち三人もカリンのあとに続く。
こうして、四人のゴブリン戦は終わりを迎えたのだった。
第四章
これまでの主要な登場人物
シャスター
伝説の魔法学院、火炎系魔法の最高峰であるイオ魔法学院の後継者。
魂眠に陥ってしまったフローレを治す可能性があるエースライン帝国に向かう。
アイヤール王国との国境付近にあるエースライン帝国の国境都市シャイドラにてザン将軍とエルシーネの二人に会うが、二人の策略(?)によってゴブリン・ロードの本拠地に攻め込む。
しかし、本拠地にいると思っていたゴブリン・ロードは実はゴブリン・ジェネラルであり、ゴブリン・ロードはフェルノン山脈北からエースライン帝国に進軍していた。
カリン
神聖魔法の使い手。
魂眠に陥ったフローレを治す方法を探す為、シャスターと共に旅に出た。
一気に神官レベル三十五に上がっていた為、自分自身信じれないようだが、その神聖魔法は格段に威力が上がっていて、エルシーネたちを充分にサポートしている。
星華
シャスターの守護者。
稀有な職業「忍者」、その中でも上忍しか名乗ることが許されない「くノ一」の称号を持つ。
エルシーネ
七大雄国の一角、エースライン帝国の第二皇女であり、帝国の有するペガサス騎士団の騎士団長、そしてエースライン帝国が誇る十輝将のひとり。
シャスターとは以前からの知り合い。
シャスターと共に、ゴブリン・ロードの本拠地に向かうが、それ自体がゴブリン・ロードの陽動であり、さらに兄エーレヴィンの策略に乗せられたことを知り憤慨する。
ザン将軍
エースライン帝国、南東部の国境都市シャイドラの統治者であり、辺り一帯を守護している。
帝国が誇る十輝将のひとり。
軍を率いてアイヤール王国へと向かい、ゴブリン軍を殲滅させた。
しかし、ザン将軍の殲滅したアイヤール王国侵攻軍も、シャイドラ侵攻軍も、エルシーネの本拠地急襲も全てゴブリン・ロードの陽動であることに気づく。
ゴブリン・ロード
魔物の王化によって、ゴブリンが突然変異にした個体種。
通常のゴブリンより数倍大きく、また戦闘力も桁違いに高い。知能も高く、同種族の大軍を率いて戦う。まさにゴブリンの王。
ザン将軍たちをまんまと騙して、フェルノン山脈の北から大軍を率いて、帝国領のザール平原に侵攻するが、十輝将のひとりであるアルレート将軍によって倒される。
ゴブリン・ロードの下には高級指揮官のゴブリン・ジェネラル、その下に指揮官のゴブリン・キャプテン。そして、一般兵のゴブリンがいる。
アルレート将軍
エースライン帝国が誇る十輝将のひとりで、帝国の東部を守護している。
戦術を駆使するのが得意であり、五万ものゴブリンの大軍も殲滅させ、彼自身はゴブリン・ロードを圧倒的な力の差で倒した。
エーレヴィン
エースライン帝国の皇帝の皇子であり、エルシーネの兄。
戦略の天才であり、今回のゴブリン・ロードのフェルノン山脈北からの帝国侵攻も読んでいた。
そのため、エルシーネたちを陽動に使ったのだが、それがエルシーネを憤慨させている。
というより、普段からエルシーネは兄を嫌っているようだが……。




