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第四十一話 戦略の天才

 フェルノン山脈にあるゴブリン軍の本拠地、そこで対峙したゴブリン・ロードは、実は格下のゴブリン・ジェネラルだったのだ。

 今頃、本物のゴブリン・ロードは大軍を率いて、フェルノン山脈の北端からエースライン帝国に侵攻している。


 それを知って、絶望の淵に立たされたエルシーネは自虐的に微笑んだ。


「もう何もかも終わりね」



 自暴自棄になっているエルシーネにシャスターが軽く肩を叩く。


「とりあえずは俺たちにできることをやろう。まだ目の前に敵はいるし」


「アハハハ。俺ヲ倒シタトコロデ 意味ハナイ。モウ帝国ハ 終ワリダカラナ」


 ゴブリン・ジェネラルは高笑いをする。

 すでに勝利は決していると確信しているからだが、そんなゴブリン・ジェネラルに、エルシーネは落ち込みながらも言い返す。


「はぁ!? もう帝国が終わりですって? エースライン帝国がゴブリンなんかに滅ぼされるはずがないでしょ。馬鹿なことを言わないでよ」


「フン、強ガルナ。貴様ノ絶望感ガ、全テヲ物語ッテイルゾ。帝国は滅ブトナ」


 ゴブリン・ジェネラルの自信に満ちた表情を見て、エルシーネは思わずシャスターを見た。

 シャスターもエルシーネを見つめ返す。

 その直後、二人して大笑いした。



「ナ、何ガ、オカシイ?」


 ゴブリン・ジェネラルは動揺した。

 二人が笑っている意味がさっぱり分からないからだ。そして、ゴブリン・ジェネラルと同じくもう一人、笑いの理由が分からない少女がいた。


 カリンだ。


「え、え!? 何で笑っているの?」


 自国が侵略を受けて滅ぼされようとしているのに、大笑いするなんて。

 気が触れたかと思ってしまったカリンだったが、二人はいたって正常のようだ。



「あのさ、カリン。エースライン帝国はどのくらい強大だか知っている?」


 シャスターが質問を投げかける。


「当然知っているわよ。大陸で圧倒的な力を持つ七大雄国(セフティマ・グラン)の一角よ」


 その程度なら町娘だったカリンでも知っている。

 七大雄国(セフティマ・グラン)とは、アスト大陸に百数十ある国々の中で、圧倒的な力を誇る七つの国を示す総称だ。

 他の諸国が及びもしない程の強大な軍事力、そしてそれを可能にする国力を有しており、仮に周辺の国々が同時に襲ってきたとしても負けることはない。

 それほど巨大な国なのだ。



「そのとおり。それじゃ、それほど強いエースライン帝国が、大軍とはいえゴブリンの集団に簡単に滅ぼされてしまうと思う?」


「……思わない」


 確かにシャスターの言うとおりだとカリンは納得した。

 しかし、それでは矛盾することがある。先ほどまでのエルシーネの悲壮感は一体……。


「私が絶望感に落ちていたのは、まんまとあの憎たらしい兄上の手のひらで踊らされていたことに気付いたからよ」


 怒りからかエルシーネの肩が少しだけ震えている。


「兄上……お名前はたしかエーレヴィン皇子殿下でしたよね。でも、どうしてここに皇子のお名前が?」


 カリンはさらに意味が分からなくなっていた。エーレヴィン皇子は関係ないと思ったからだ。


「俺たちはエーレヴィンに囮に使われたのさ」


 悔しがっているエルシーネに代わってシャスターが答える。


「俺たちはゴブリン・ロードの裏をかいたつもりが、ゴブリン・ロードにさらに裏をかかれた。今頃ゴブリンの本隊はフェルノン山脈北側から、エースライン帝国に攻め込んでいるだろう」



 帝国の将軍と魔法学院の後継者にとって、ゴブリン・ロードの策略にはまってしまったことは忌々しいことではあるが、まだ百歩譲って我慢することができる。だが、それ以上に我慢できないことは。


「ゴブリン・ロードが北から攻め込むことを兄上が知っていたということよ」


「!?」


 エルシーネの苦々しい言葉に、カリンは何が何だか分からずに驚く。

 さらに今まで優越感に浸っていたゴブリン・ジェネラルも驚いている。


「ドウイウコトダ?」


「もしかしたら、エーレヴィン皇子殿下は、裏の裏のさらに裏をかいていたということですか?」


「さすが、カリンちゃん。理解が早くて助かるわ」


 エルシーネが元気なく褒めてくれたが、カリンもこの状況ではあまり嬉しくない。


「で、でも、なぜエーレヴィン皇子殿下がゴブリン・ロードの策略を知っていると分かるのですか?」


「確信はないわ。でも、断言はできるの。ねぇ、シャスターくん?」


「あぁ、あの戦略の天才が、こんな落ち度をするわけがない。彼にとって最初からエルシーネは囮だったのさ。騙されたままのゴブリン・ロードを気持ちよく北から攻め込ませるための」


「そんな……」


 カリンは唖然とした。

 エルシーネの絶望感や悲壮感の理由がようやく分かった。

 ゴブリン軍が帝国に攻め込んだことではなく、兄上にまんまと騙されたことが理由だったのだ。



「馬鹿ナ妄想ハ、ヤメロ! ソンナデマカセヲ 信ジルト思ウカ」


 ゴブリン・ジェネラルは怒りを込めてエルシーネを睨みつけた。


「嘘じゃないわよ。でもまぁ、あなたはもう確認はできないわね」


 エルシーネは兄への怒りをぶつけるかのように思いっきり床を蹴った。

 怒りの度合いでいえば、ゴブリン・ジェネラルよりもエルシーネの方が上だ。


「私の腹いせのために、すまないけど死んでもらうわ」


 エルシーネは剣を抜いた。細身の剣は室内で鈍い光を反射する。


「黙レ、小娘! 死ヌノハ貴様……」


 ゴブリン・ジェネラルは最後まで言葉を発することができなかった。

 すでに頭と胴体がエルシーネの剣によって分断されてしまっていた。


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