第四十話 ザール平原の償い
信じられないことが起きていた。
ゴブリン・ロードの一撃は、盾で防ぎきれるはずがなかった。その怪力ゆえ盾など簡単に打ち砕いて、そのまま相手ごと叩き潰してしまうはずだった。
しかし、目の前の男は盾でハンマーを防いだままだ。しかも片手のみで。
驚いたままのゴブリン・ロードに、男がつまらなさそうに声を掛ける。
「周りを見てみろ」
そこでゴブリン・ロードは初めて気付いた。
門の外にいたゴブリンたちがほとんどいなくなっていたのだ。
ゴブリン軍は五万だ。さすがにその大軍全てが町に入り込むことはできない。だから、町への突入はせいぜい二、三万程度で、その他半分のゴブリンたちは防壁の外で待機しているはずだった。
しかし、ゴブリン・ロードがその長身から遠方まで見つめると、防壁の外で待機しているはずの半数のゴブリンたちがほとんどいなくなっている。
「……ドウイウ コトダ?」
自分で言葉を発しながら、ゴブリン・ロードはその理由を分かってしまった。
今までの自信に満ちた表情がまるで嘘のように困惑に変わる。
「マサカ、マサカ……」
「その、まさかだ」
男が言い放つ。
つまり、町に突入したゴブリンたちは、町の中で騎士たちに倒されているということだ。それで防壁の外で待機していたゴブリンたちまでもがどんどん町中へ突入している。
それで、防壁の外にほとんどゴブリンがいなくなっていたのだ。
それは人間軍の戦力が、ゴブリン軍五万を凌駕しているということを意味していた。
「嘘ダ、嘘ダ! 我々ハ、人間ヨリモ強イ。人間ゴトキニ負ケルハズガナイ!」
「いいや、人間は強い。事実、お前は俺に敵わない」
「ナンダト!?」
ゴブリン・ロードは咆哮した。
こんな屈辱を受けたのは初めてだったからだ。
自分はゴブリンの王だ。ゴブリンの中で一番強いのだ。その王が、たかが人間に負けるはずがない。
ゴブリン・ロードは腰に付けている、もう一つのハンマーを握った。
これで両手にハンマーの二刀流になった。攻撃力が倍になった。
「コレデ、攻撃力ガ、サラニ上ガッタ。先程ノマグレの防御ハ、効カヌ」
「まぐれかどうか、試してみろ」
「ヌカセ!」
ゴブリン・ロードは吠えながらハンマーを振るった。
両手からのハンマーの威力は凄まじく、振り回すだけで周辺に暴風が起きる。しかし、それでもまだ男は微動だにしない。
「死ネ!」
嵐が吹き荒れる中、二本のハンマーが男に襲いかかった。
渾身の力を込めながら、今度こそ終わりだとゴブリン・ロードは確信した。ハンマーを二本同時に防ぐことなど出来るはずがないからだ。
しかし、突然に暴風がピタリと止まってしまった。
「ナ、ナ、ナンダト!?」
ゴブリン・ロードは驚愕のあまり全身から汗を吹きこぼしていた。
あり得ない状況が起きていた。
男が左手の盾だけで二本のハンマー攻撃を防いでいるからだ。
もはや人間離れした所業にゴブリン・ロードは初めて恐怖を覚えた。
「ウワアー!」
ゴブリン・ロードは絶叫を上げながら逃げ出した。
軍の最高位が部下を見捨てて逃げるなど許させるはずがない。後ろに控えていたゴブリン・ジェネラルたちは困惑したが、そんなことを気にしている余裕はない。
ゴブリン・ロードは恥も外聞も捨てて逃げ出した。
「逃すと思うか」
男は剣を抜きゴブリン・ロードに向かって走り出すと、大きくジャンプした。まるで軽技師のように身体を回転させながら空中を大きく駆けた男は、そのままゴブリン・ロードの両肩の上に自分の両足を着地させた。
「ザール平原の被害は貴様の死で償え」
「マ、マッテ……」
ゴブリン・ロードの懇願も虚しく、男は剣をゴブリン・ロードの頭上から一直線に突き刺す。
口から血飛沫を上げながらゴブリン・ロードはそのまま数歩進んだ後、地面に倒れ込んだ。
ゴブリンの王であり最強であるゴブリン・ロードは、こうしてあっけなく最後を迎えた。




