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第三十七 ゴブリン・ジェネラル

 シャスターとエルシーネの前で圧倒的形勢不利にも関わらず、ゴブリン・ロードは笑みをこぼしていた。


「シャスターくん、どういうこと?」


 シャスターの態度が変わったことに気付いたエルシーネが不安そうに尋ねる。

 しかし、シャスターが答えるより先にゴブリン・ロードが口を開いた。


「馬鹿ナ人間ヨ、ヨク聞ケ。俺ハ、ゴブリン・ロード デハ ナイゾ。アハハハハ」


「!?」


「こいつは、ゴブリン・ジェネラルだ」


 シャスターがつまらなさそうに吐き捨てた。


「そんな……こんなに大きい巨体なのに?」


 エルシーネが信じられなさそうに声を上げる。

 ゴブリンは強さによって大きさが変わる。普通のゴブリンなら人間の半分程度の身長だが、ゴブリン・キャプテンになると人間と同等の身長になる。

 そして、目の前のゴブリンはさらに大きく、エルシーネの身長より一回り以上はあるだろう。であれば、ゴブリン・ロードに違いないと思ったのだが。



「迂闊だった。ゴブリン・キャプテンの上位にはジェネラルがいる。俺も実際に見るのは初めてだったので、こいつをゴブリン・ロードと勘違いしてしまった」


 珍しくシャスターが間違いを素直に認めていることに驚いたカリンだったが、それならそれで良いのではと思う。


「本命はザン将軍の方だったということね。それじゃ、アイヤール王国の方が……」


「違うんだ、カリン」


「えっ!?」


 こちらが陽動なら、本命はザン将軍が向かったフェルノン山脈の南側だ。十五年前と同じくアイヤール王国に侵攻しているのではないのか。

 しかし、シャスターは違うと言う。

 さらにエルシーネも頭を横に振った。彼女もまたシェスターが言わんとすることに気付いたのだ。


 カリンが見つめると、シャスターが重い口を開ける。



「そもそも途中で出会ったシャイドラに侵攻するゴブリン軍が二万だということに違和感を持つべきだった。本命なのに二万では少な過ぎる」


 まだこの時点でシャスターたちは、ザン将軍が対峙しているゴブリンのアイヤール侵攻軍が二万五千だとは知らない。まだ最初に偵察した時の一万だと思っている。

 もし、その事実を知っていたら、彼らの行動は最初から変わっていただろう。


 シャスターは話を続ける。



「シャイドラは要塞都市だ。そこに二万程度が攻め込んだところで、シャイドラが陥落するはずもない」


「だからこそ、私たちはその隙にゴブリンの本拠地に奇襲をしに来たじゃないの?」


「そう、その通りだ。だからこそ、違和感を持つべきだった。敵の立場で考えれば、高い防御を誇る要塞都市を陥すのに、たった二万で侵攻するのかと」


「あっ!」


 カリンは思わず声を上げてしまった。確かにその通りだと思ったからだ。

 本命のシャイドラの侵攻軍がたった二万ではみすみす負けに行くようなものだ。



 同じことがアイヤールの侵攻軍にも言える。

 十五年前、アイヤール王国への突然の夜襲が一万の軍勢だった。

 今回も同様にアイヤール王国への進軍は一万だ。しかし、今回は敢えて一万を見せつけている節がある。

 だからこそ、それを陽動だと確信したザン将軍が自ら討伐に向かったのだが。


「俺たちはアイヤール王国防衛、シャイドラ防衛、そしてゴブリン本拠地急襲と三つに分かれて戦っているが、もしもそれが戦力分散を狙ったゴブリン・ロードの戦略だったとしたら?」


「!?」


「ゴブリン・ロードは俺たちの戦力を分散させて各地で足止めをさせる。その隙に重要な場所を攻め込むつもりだ」


「それって、まさか……」


 カリンから血の気が引いていく。カリンもその場所に気付いたからだ。


「フェルノン山脈の南側のアイヤール王国でもなく、山脈中央のシャイドラでもない。とすれば、残りはただ一つ。フェルノン山脈北側、エースライン帝国の本土だ!」




 カリンは青ざめた。

 このままでは十五年前のアイヤール王国のように、エースライン帝国内をゴブリンたちが蹂躙することになってしまうからだ。山脈の北に関しては何の準備もしていない。


「す、すぐに山脈の北に向かわないと! 今ならまだ間に合う……」


「カリンちゃん、もう間に合わないわ」


 慌てているカリンにエルシーネが悲しそうに微笑んだ。


「で、でも……」


「もういいの。この戦い、私たちの負けだわ」


 寂しく言い放ったエルシーネの顔から汗が流れる。

 彼女としてはもうどうすることもできない。おとなしくここで待つしかないのだ。



「今頃ゴブリン・ロード様ハ、エースライン帝国ノ領土ヲ 侵略シテイルハズダ。人間ドモヲ 一人残ラズ殺シナガラナ。貴様ラハ、マンマト騙サレノダ」


 ゴブリン・ジェネラルは豪快に笑う。


 対照的にエルシーネの表情は絶望感に包まれていた。




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