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第三十三話 大きな勘違い

 カリンの悲鳴にエルシーネも気付くが、至近距離だ。

 避ける時間がない。


動作停止(ストップ・モーション)!」


 カリンの口からとっさに呪文が唱えられる。

 すると、矢を射ようとしていたゴブリンたちの動きが突然止まった。

 まるで時間停止したかのようにゴブリンたちは微動だにしない。


飛影剣舞(ひえいけんぶ)


 エルシーネが剣を優雅に回転させながら叫ぶと、彼女の剣の周りに小さなナイフのような剣がいくつも現れる。さらにその小さな剣が、動きが止まったゴブリンたちに放たれた。

 動けないゴブリンたちは、そのまま天井から落ちて絶命していく。




「カリンちゃん、ありがとう! 助かったわ」


「あ、いえ……良かったです」


 カリンはとっさに返事ができなかった。

 理由は、エルシーネから助けたお礼を言われたからではない。自分が習得していない神聖魔法を自身が唱えたことに驚いていたからだ。



 動作停止(ストップ・モーション)……相手の動きを一時的に封じる援護系の神聖魔法である。

 相手とのレベルの差によって効果の威力が変わるが、ゴブリン・キャプテンよりもカリンの神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)レベルの方が圧倒的に高かった為、効いたのだろう。


 しかし、問題はそこではない。


 神官レベル、つまり神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)レベルが三十五であるカリンであれば、神聖魔法二十台である動作停止(ストップ・モーション)が使えても不思議ではない。

 しかし、神聖魔法というものは自分のレベルがその神聖魔法のレベルに到達しているからといって、すぐに使えるものではない。その神聖魔法を神々と契約して、初めて使えるようになるのだ。

 当然ながら、カリンはまだ動作停止(ストップ・モーション)を契約していない。


 それなのに、無意識に新しい神聖魔法が使えたのだ。



「きっとアークスだよ」


 シャスターが後ろを振り向きながら答えた。

 動揺しているカリンを見て、何に驚いているのかすぐに分かったからだ。


「アークスの信力の核を受け取ったのと同時に、彼の扱える神聖魔法も受け取ったんじゃない?」


「アークス……」


 裏切り者の汚名を受けながらも、死者の森の拡大を防ぎ、魔女からエミリナ女王を助けようとしていた旧シュトラ王国最大にして最後の神官長。

 今になってみると、アークスの偉大さと優しさが、カリンにもよく分かる。



「ありがとうございます」


 この世にはもういない者に対して独り言を呟いたカリンは、再びエルシーネに防御壁プロテクション・バリアを張った。

 先ほどとは違う場所から、またもや矢が飛んで来たからだ。今は感情に浸っている場合ではない。

 矢が飛んできた方向にエルシーネは武法を飛ばす。そして、再び目の前の敵と戦い続ける。

 さらにカリンが矢を防ぐためにバリアを張る。




 しばらくすると、シャスターとエルシーネによってゴブリン・キャプテンたちは全滅させられた。

 その奥で玉座に座っているゴブリン・ロードが悔しさのあまり雄叫びを上げる。


「さてと、残すはお前だけだ」


 シャスターは息も切らしてしない。

 それはそうだろう、戦い始めてから一歩も動いていないのだ。

 全方位防御の魔法は当然ながら矢の攻撃も防ぐ。したがって、カリンは一切シャスターには防御壁プロテクション・バリアを使っていなかった。



「いい運動になったわ。あとは、あなたで終わりよ」


 エルシーネの方は少し汗をかいていたが、疲れた様子は全くない。

 百匹以上のゴブリン・キャプテンの間を激しく動き回って戦ってきたことを考えると、異常なほどのスタミナの持ち主だ。


 そんな二人が攻撃体制を解かずに目の前にいるのだ。ゴブリン・ロードとしては何もできない。



「オ、オマエ達ハ、何者ダ?」


 ゴブリン・ロードは敵わないと悟ったのだろう。戦う気力が失っているように見える。


「ゴブリン・ロードのお前を倒しにきた者さ」


「ゴブリン・ロード、ダト?」


 ゴブリン・ロードは不思議そうに少し頭を傾げる。


 その瞬間、シャスターは大きな勘違いに気付いた。


「まさか……しまった!」


「ナルホド、ナ」


 同時にゴブリン・ロードも気付いてしまった。

 大きな口がニヤリと笑みをこぼした。


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