第三十二話 戦い方
シャスターたちはゴブリンの城の中に足を踏み入れていた。
薄暗い室内は、ゴブリンらしく簡素な造りで、ただ大きな部屋が一つあるだけだ。そして、居間の一番奥では無数の赤い点が光っていた。
「きゃ!」
カリンが小さく声を上げた。
薄暗い室内に目が慣れてきて、その赤い光が何であるのかが分かったからだ。
赤い光の正体はゴブリンの目だった。
部屋の奥には多くのゴブリンが控えていたのだ。
その数、百匹以上はいるだろう。しかも全てがカリンと同じぐらいの身長だった。普通のゴブリンの倍近いの大きさだ。
「ここにいるのは全てゴブリン・キャプテンみたいね」
ゴブリン・キャプテンとは、ゴブリンをまとめる隊長格だ。それが、この部屋には百匹以上もいるのだ。
そして、その中央にはゴブリン・キャプテンよりもさらに一回り大きなゴブリンがいた。そのゴブリンは玉座のようなものに座って、こちらを睨みつけている。
間違いない、ゴブリン・ロードだ。
突然、シャスターたちの前方に天井からいくつもの物体が落ちてきた。
「きゃー!」
カリンが再び声を上げた。その物体はゴブリンの生首だったからだ。
「我々ハ、逃ゲルコトヲ 許サナイ」
ゴブリン・ロードの低い声が部屋中に響き渡る。
つまり、この生首は先ほど逃げてきたゴブリンたちだ。
「酷いことするわね」
エルシーネは憤慨した。
殺されたゴブリンたちに情を持つことはないが、上官に殺されるとはあまりにも酷い。
「恐怖と暴力で支配する……私が一番嫌いなタイプね。まぁ、元々ゴブリンは大嫌いだけど」
「俺モ、人間ガ、嫌イダ。ダカラ、サッサト、殺シテシマオウ」
ゴブリン・ロードが片手を上げて前に振り落とす。
それが合図だった。
百以上ものゴブリン・キャプテンがシャスターたちに一斉に襲いかかってきた。
「幻楼剣舞」
エルシーネが突然消えた。
それを見て慌てるゴブリンたちの背後にエルシーネが現れると、ゴブリンたちは驚く間もなく倒された。
そして、再びゴブリンたちの目の前で消える。
いや、本当に消えているわけではないのだろう。幻術の類の技なのかもしれない。しかし、そんなことを考える余裕もないまま、ゴブリンたちは倒されていく。
エルシーネはあまり動き回ることをせずに確実に葬っている。
室内は広がったが、それでも百匹ものゴブリン・キャプテンがいるのだ。密集している状況下では、あまり激しい攻撃はできない。そこで最小限の動きでゴブリンを倒していたのだ。
シャスターはさらに顕著だった。
「火炎の螺旋、 火炎の剣」
全く動くことなくその場で二つの魔法を同時に唱えると、炎の渦がシャスターを身体を覆うように螺旋状に回転し始める。さらにシャスターの掌から剣の形状をした炎が何本も放たれる。
炎の剣はゴブリンに突き刺さるとたちまち激しく燃え上がり、ゴブリンは黒焦げになって倒れていく。
全方位からの攻撃と防御を兼ねているデタラメ過ぎる魔法の合体技だった。シャスターの周りは一匹も近づけないまま、ゴブリンの死体だけが増えている。
そんな二人の戦いぶりを防御壁の中で、カリンは真剣に目で追っていた。
戦いにはその場に合った戦い方があるのだ。
今回のような室内で、シャスターが火炎の竜巻を放ったり、エルシーネが疾風剣舞を放ったら、即座に建物が崩壊してしまうだろう。
そうなれば、自分たちの身も危なくなる。
だからこそ、場にあった戦い方が必要なのだ。
カリンもそういったことを学習していかなくてはならない。
知らないままでシャスターたちを危険にさせたくはないからだ。
(私も学ばないと!)
カリンが決意したその時、部屋の奥の天井の一角が鈍く光った。
カリンにはそれが何なのか瞬時に分かった。
「エルシーネ皇女殿下、危ない!」
その光は矢先の光沢だった。
天井に隠れていたゴブリンたちが、エルシーネに向けて一斉に矢を放とうとしていた。




