第二十四話 フローレの義務
フローレは毎日がとても幸せだった。
なぜなら、シャスターと一緒にいられるからだ。
シャスターは出掛ける時は出来るだけフローレを伴うようにしていた。そうすることによって、周囲からフローレは単なる侍女ではなく、シャスターが寵愛する女性と見られて強い立場にいられるからだ。
実際、フーゴはすぐに高価な貴金属で作られたネックレスをフローレに贈ってきた。しかし、贈り物が届くと、フローレの表情は曇った。
「あんな男からの物なんて要りません!」
フローレはフーゴからのネックレスを受け取りたくはなかった。
以前からフローレはフーゴのことを知っていた。それはデニムの侍女として連れて来られるずっと前、辛い出来事があったからだ。
当時、村で暮らしていたフローレは、父である村長の苦悩をいつも間近で見ていた。
フローレの村は豊かではなかった。それでも領主から徴収される税はしっかりと納めていた。
しかし、問題は騎士団に支払う金だった。彼らは定期的に村に来ては、騎士団への寄付という名目で村のあらゆる物を奪っていく。豊かでない村から略奪を行えば、村人たちは飢えてしまう。実際にフローレの村では毎年多くの村民が飢餓で死んでいた。
ある時、父が村に現れた騎士たちに、略奪をしないで欲しいと懇願した。その時の騎士のリーダーがフーゴだったのだ。
フーゴは笑顔で村長の肩を叩いた。「分かってもらえた」と村長が安堵した直後、フーゴは村長を思いっきり殴りつけると、倒れた村長を数人がかりで蹴り続けたのだ。
重傷を負った村長を放ったままにすると、彼らは村中から十人の青年と十人の若い娘を集めた。
そして、訳も分からないでいる青年たちをフーゴたちは突然斬りつけたのだ。
十人全員がフーゴたちによって無惨に絶命した。
「フーゴ殿、やはり剣の修行には生身の人間を斬るのが一番ですな」
「そうだな。たまには人間を斬らないと腕が鈍ってしまうからな」
フーゴたちには大声で笑った。その傍で、青年たちを殺されて泣き叫ぶ家族たち。
まさに地獄だった。
「次回来る時までに寄付金を用意しておけ。でなければ、さらに十人の村人を斬る。娘たちは保証代わりに預かっていく」
そう言い放つと、フーゴたちは泣き叫ぶ娘たちを連れ去って行ったのだった。
「父は何とか工面して、騎士団への寄付金を用意しました。しかし、結局寄付金だけ奪われて娘たちは二度と帰って来ませんでした」
ネックレスを眺めながら、フローレの目に涙が滲む。
「私はいつか必ずフーゴに復讐をすると誓いました。犠牲になった村人たちのためにも」
村の青年たちや娘たちはもう戻ってはこない。
しかし、それでもフローレが復讐を誓ったのは、今でも同じような残酷なことがフーゴたち騎士団長派では日常的に行われているからだ。
絶対に彼らの行為を許してはいけないのだ。
だからこそ、多くの領民たちの犠牲で買われたネックレスなど、フローレは見たくもない。
「でも、フローレには似合うと思うよ」
シャスターがフローレの首にネックレスを付けた。フローレは嫌がって取り外そうとしたが、シャスターが手を押さえる。
「シャスター様、どうして……」
「ネックレスに罪はないからさ」
「!?」
「あんな奴らの財産として貯め込まれるよりも、フローレに着飾って貰った方がネックレスも嬉しいと思うよ」
シャスターの優しい微笑みをフローレは驚きながらまじまじと見つめた。世の中にはこんな考え方をする人がいるなんて思ってもいなかったからだ。
「お優しいのですね」
「優しくなんてない、逆だよ。苦しんでいる領民たちのために、フローレにネックレスを付けさせようとしているのだから」
いつの間にか優しそうな表情が消えて、真剣な表情になったシャスターがそこにいた。
「このネックレスは領民たちの財産で買われた物だ。だからこそ、フローレは身に付けなければならない」
フローレには言葉の意味が分からなかったが、そのままシャスターは話を続ける。
「当然、フローレにはとても辛いことだよ。領民たちの苦しみを具現化したネックレスを身に付けるのだから。でも、誰かが領民たちの苦しみを受け継がなくてはならない。領民たちの無念を忘れないためにも」
シャスターの伝えたい意味が分かってきた。しかし、フローレがたったひとりで領民たちの苦しみを受け継ぐのは荷が重過ぎる。
「でも、私にそんな重圧は……」
無理です、という言葉をシャスターが遮る。
「復讐を誓ったのなら、これはフローレの義務だ。これが出来るのは、騎士団長の寵愛する立場になったフローレだけだから」
フローレはハッとした。
確かに領民たちからフーゴが奪った物は、騎士団長の物ということになる。そして、騎士団長に寵愛されているフローレには領民たちが奪われた物をフーゴから取り返す義務があった。
それがどんなに辛いことであっても、それがフローレの責任なのだ。
「分かりました。私はフーゴたちが贈ってくる物を身に付けます。領民たちのためにも」
フローレは決意した。もう涙は止まって強い意志を感じさせた。
「うん、それに奴らから貰ったものを全部売り払って、いつの日かその金を領民たちに渡せばいい」
そうなれば、結局は領民たちに金が戻ることになり、フーゴたちは無駄なことをしていることになる。
シャスターは意地悪く笑った。もちろん、その対象はフローレではなく、フーゴたちに向けてだ。
「その時のフーゴたちが悔しがる顔を見てみたいです」
フローレは笑った。やっと本来の彼女に戻った。
それに知的なフローレは自分のやるべきことを理解している。
フーゴたちの悔しがる顔を見るために、そして領民たちの幸せを取り戻すために、フローレは出来るだけ多くの贈り物をもらうようにしなければならない。
「悔しがる顔か。でもまぁ、そのうちフーゴたちは悔しがることさえもできなくなると思うけどね」
意味深に笑いながらシャスターは部屋を出て行った。
領主デニムに呼ばれているからだ。
フローレは頭を下げながらシャスターを見送った。
そして、彼女も自分の使命を果たすべく活動を始めた。




