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第二十八話 エースライン帝国の三姉妹

 翌日もシャスターたちは山脈の中腹に向かって歩いていた。

 時々、ゴブリンの斥候に遭遇したが、こちらが見つかるより先に星華が物音も立てずに倒していく。

 さらに斥候の現れた場所から逆算して、ゴブリン・ロードがいる本拠地の範囲を狭めていく。



「星華さんのような超一流の隠密がパーティーにいると、ほんと助かるわ」


 エルシーネがしみじみと感嘆した。

 エルシーネも武の達人だ。広い戦場を駆け抜けて戦うことには誰にも負けない自信がある。

 しかし、戦士全般に言えることだが、敵に見つからないように戦うことは苦手だし、探索となるとさらに不得意だ。


「ねぇねぇ、星華さんもカリンちゃんと一緒に私の部下に……って無理か」


 エルシーネはひとり納得して苦笑した。


「何故ですか?」


 冗談でカリンはエルシーネに何度か誘われている。しかし、星華に対しては冗談も言わないのか。


「カリンちゃん、それはね、この二人は深い深い関係で結ばれているの」


「えっ!?」


「あははは。カリンちゃんが想像しているような関係じゃないわ。二人は……」


「エルシーネ!」


 シャスターが遮ると、エルシーネの笑い顔が消えた。


「ごめん、シャスターくん」



 少し気まずい空気になってしまった。

 星華だけは相変わらず表情を変えずにパーティーに先行して進んでいるが、他の三人の会話は途絶えてしまった。

 このままでは雰囲気が悪くなると思ったカリンは、なんとか会話を続けようと頑張った。


「あ、あの、エルシーネ皇女殿下はエースライン帝国のお姫様ですよね!」


「そうよ、カリンちゃん」


 気を遣ってくれているのが分かり、エルシーネは微笑んだ。


「他にはご兄弟はいらっしゃるのですか?」



 何気ない質問のはずなのに、一瞬エルシーネの表情が固まった……ように見えたのだが、いつもと変わりなくエルシーネは微笑んでいる。

 カリンは見間違えだと思った。


「姉と妹がいるの。カリンちゃん、歳はいくつ?」


「十八です」


「それじゃ妹と同じ歳ね! 妹もカリンちゃんと同じで神官なの」


 皇女殿下と同じなんて畏れ多いが、カリンは何となく嬉しくなった。


「妹はいつもは帝都にいるんだけど、今は所用で他国に行っているみたいなの。でも、戻ってきたら会わせてあげるね」


「あ、ありがとうございます!」


「姉君は他国に嫁いでいるから、私もなかなか会うことはできないのよね。ごめんね、カリンちゃん」


「いえいえいえ、とんでもありません!」


 姉君に会わせられないことを謝るエルシーネに、カリンは慌てた。

 そもそも、雲の上のそのまた上の上の、はるか上で存在する方へ会えなくて当然なのだ。

 それに普通に考えたら、カリンが皇族であるエルシーネとこうやって話していること自体、あり得ないことだ。

 他国の王族がこの状況を見たら、カリンのことをさぞ羨むに違いない。


 カリンはエルシーネの妹に会えるだけで、とても嬉しい気持ちになった。

 どんな妹君なのだろう。カリンとしてはとても楽しみだ。



 エルシーネとカリンは妹のことで会話が盛り上がっていたが、その後ろから歩いているシャスターがエルシーネの背中に話し掛ける。


「おいおい、もうひとりいるだろう?」


「ん?」


「兄君が」


「あぁ、そうだった……」


 本気で忘れていたかのように、エルシーネは小さくため息を吐いた。

 そういえば、ザン将軍との食事兼作戦会議の時にエルシーネの兄の話が出てきたが、その時もエルシーネは不機嫌だったことをカリンは思い出した。

 そして、魔法の地図(マジック・マップ)を皇帝から無断で借りたことが発覚した時も、皇帝ではない誰かにバレることを恐れていたが、それもきっとエルシーネの兄のことだろう。


 エルシーネは兄のことが嫌いなのだと推測したカリンだったが、こちらから聞くわけにもいかない。

 しかし、そんなカリンを察したのか、エルシーネ自ら話し始めた。



「私の兄……エーレヴィン皇子は非の打ち所がないほど完璧な兄なの」


 意外だった。

 エルシーネは兄のことをけなすと思っていたが褒めたのだ。

 だが、すぐに本音が出た。


「完璧だからこそ嫌いなの」


 何て応えれば良いのか言葉に詰まったカリンだったが、先に声を上げた者がいた。


「エルシーネとは正反対の性格だからね。まぁ、全てにおいてエルシーネがエーレヴィンに勝てる要素は一つもないし、兄に良いように遊ばれているのさ」


 取り繕うことも出来ないような事実を容赦なく投げ込んできたシャスターに、エルシーネは声を荒げようとした。


 まさにその時だった。


「前方に建物が見えます」


 絶妙なタイミングで星華が前方を指さした。


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