第二十五話 戦士の武法
エルシーネは完全にゴブリンに囲まれてしまった。
しかしそれでもなお、エルシーネは笑みを絶やしていない。ゆっくりと剣を抜く。
「さてと。派手にならないように、それでいて確実に仕留めるとなると、やはり剣舞系がいいかな」
その直後だった。
エルシーネに向かって全方向からゴブリンが襲いかかってきたのだ。
「エルシーネ皇女殿下!」
カリンは思わず叫んだ。
一人で同時に何十匹ものゴブリンを相手にできるはずがない。このままでは殺されると思ったからだ。
そんなカリンの予想通り、ゴブリンたちは残忍な笑みを浮かべて剣を振りかざす。
まさにその時だった。
「疾風剣舞」
エルシーネが剣を握ったまま両脚を使って、縦横無尽に敵の只中を駆け始めたのだ。
その動きは高速に回りながら飛び跳ねる激しいものであったが、遠くから見ているとまるで優雅な舞のようだった。
そして、舞に合わせるかのようにゴブリンたちが次々と倒れていく。
エルシーネに触れることも出来ぬまま、わずか二、三十秒ほどで百匹以上のゴブリンが消えていった。
「凄い……」
カリンは何が起きたのか分からない。しかし、エルシーネが多数のゴブリンを倒したことは事実だ。
「疾風剣舞は、剣を使った舞をエルシーネが戦闘用に特化させた武法の一つさ」
「剣を使った舞?」
「そう、剣で舞う踊りだよ。それを常人では真似出来ないほどの速さで動くことによって、剣から真空状態の鋭利な疾風が起こる。それでゴブリンは斬り刻まれたのさ」
あまりにも速い動きのため残像が残り、逆にゆっくりとした優雅な動きに見えてしまうのだ。
シャスターの説明を受けて、カリンはなんとなく理解ができたが、新たな別の疑問が浮かんだ。
「鋭利な疾風で攻撃なんて、まるで……」
「魔法みたいだろう? 武法は戦士系職業にとって魔法のようなものだからね」
魔法が使えない戦士には、武法とは便利な技だ。
「あんな凄い技を戦士系の人なら誰もが使えるの?」
「無理だよ」
シャスターは笑った。
「接近戦中心の職業を総称して戦士って言うけど、武法は魔法が使えない戦士たちの必殺技のようなものさ。ただし、武法が使えるのはレベル三十台以上、超上級以上の戦士だけ。さらに一つの武法を習得するのには何年もかかるらしい」
再びシャスターはエルシーネに目を向けた。
彼女の周辺には無数のゴブリンの死体が倒れている。それでもまだ襲ってくるゴブリンに対し、エルシーネはひとりで戦い続けている。
それからしばらくすると、さすがに敵わないと思ったゴブリンたちが逃げだそうとした。
しかし、カリンの張った防御壁にぶつかり右往左往しているところを星華が素早く倒していく。
見事な連携だった。
ゴブリンの数はどんどん減っていき、ついには十数匹までになった。
「これで最後ね」
エルシーネの目の前にはひときわ大きなゴブリンが立っていた。
「ゴブリン・キャプテンかな。同じ団長同士、一対一で勝負しましょう」
「オノ……レ……、人間……メ……!」
ゴブリン・キャプテンは咆哮すると大剣を抜いてエルシーネに襲いかかる。しかし、エルシーネ簡単で避けると、優雅に剣を一閃する。
それで終わりだった。
ゴブリン・キャプテンの胴体は真っ二つに割れ、上半身と下半身がそれぞれ地面へと倒れる。
「ふぅ、終わったかな」
エルシーネは軽く額の汗を拭う。
疲れている素振りを見せるが、そこまで体力を消耗しているようには見えない。
千匹ものゴブリンをわずか数分で全滅させるなんて……エルシーネの強さはシャスターとの試合の時にまざまざと見せつけられて分かっているつもりだったが、実践で見るとその凄まじさが改めてよく分かる。
シャスター同様、この人も尋常ではないのだ。
武人の頂点を極めている将軍、帝国十輝将の一人なのだ。
カリンは改めて、その凄さを再確認させられた。
「お疲れ様。残党は星華が片付けたよ」
「ありがとう。ちょっと時間をかけ過ぎちゃったかな」
千匹もの一軍を全滅させたことをまるで片手間に行ったかのように言うとエルシーネは笑った。
「ちょうどよい時間だし、今夜はここで休もう」
「そうね。家を出す広さも充分だし」
二人の会話を聞いていたカリンは恐怖に青ざめた。
まさか千匹ものゴブリンの死体と一緒に一晩を過ごすのか。
二人の神経を疑うカリンだが、抗議しても軽くあしらわれるのが目に見えている。
「はぁ……」
軽くめまいを起こしそうになったカリンだったが、諦めて魔法の家の中へと入っていった。
皆さま、いつも読んでいただき、ありがとうございます!
今回、新しいワード「武法」を出しました。
シャスターが説明していた通り、戦士系職業の必殺技となります。
これからも様々な人々が使う色々な武法が出てきますので、楽しみにしていただければ嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!




