第二十三話 欠けているもの
翌日、三人は再び山脈を歩き始めた。星華は先に先行している。
そしてその日の夕方、星華が戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰り、星華。夕食に戻ってきた……わけじゃないか」
「はい。ここから少し先にゴブリンの大軍が現れました。その数およそ二万」
「当たったわね!」
エルシーネが歓喜する。ザン将軍の予想どおり、シャイドラ侵攻が本命だったのだ。
アイヤール王国へ侵攻しているであろう一万のゴブリン軍は、やはり陽動だということだ。
「それで、ゴブリンがシャイドラに到達する時刻は?」
「あの速度だと明後日の深夜になるかと。敵は二十ほどの軍隊に分かれており、それぞれに指揮官がいました。ただ、ゴブリン・ロードらしき姿は見えません」
「やはり、ゴブリン・ロードは本拠地で陣頭指揮を執っているのか」
シャスターが軽く目を閉じて考える。
「それじゃ、俺たちはゴブリンの大軍に見つからないように静かに移動し、早くゴブリン・ロードを倒してシャイドラに戻ろう」
シャイドラならば、二万の敵にも余裕で持ち堪えられる。それで問題ないはずだ。
しかし、ここでエルシーネが手を挙げた。
「せっかくなら、ゴブリンの軍隊を一つぐらい倒しておかない?」
「おいおい、隠密に進まないと意味がないよ」
呆れ顔のシャスターだったが、エルシーネは引かない。
「でも、一つの軍隊でも倒しておけばシャイドラの防衛も少しは助かるだろうし、何よりゴブリン・ロードと戦う前の肩慣らしをしておかないと」
エルシーネが無邪気に笑った。
こうなっては絶対に引かないことを知っているシャスターは大きくため息を吐いた。
「わかったよ……」
「やったー!」
意気揚々としている皇女様と面倒臭そうにしかめ面をしている魔法使い、そして二人の会話を聞いていても無表情のままの忍者……そう、この三人には何かが欠けているのだ。それは。
緊張感と恐怖感。
「あのー、この四人だけでゴブリン軍と戦うつもりですか?」
カリンが極めて常識的なことを質問した。
ゴブリンは決して弱くはない。十五年前はゴブリンの大軍にアイヤール王国は襲われ大きな犠牲が出たのだ。
しかも、当時よりも多い二万もの大軍で侵攻してきている。ゴブリン軍は二十の軍隊に分かれているのなら、一つの軍隊は約千匹ぐらいだろうか……それをたった四人で戦おうというのだ。
いや、そんなはずはない。きっとペガサス部隊とかが後方に控えているのだ。
カリンは頭の中でそう自己完結をしたが、現実はもっと無慈悲だった。
「そのとおり、四人で倒すのよ」
思わずカリンはよろけてしまった。あまりにも無茶過ぎる。
しかし、エルシーネの表情はとても余裕そうだ。
「あぁー、そうか」と、その表情を見てカリンは納得した。
きっとシャスターの魔法を使うに違いない。
死者の森では十万ものスケルトンを一撃で倒すほどの魔法を放ったのだ。ゴブリンでも倒すことは可能だろう。
「星華さん、おすすめの一軍は?」
エルシーネが偵察してきた星華に状況を尋ねる。
「私たちから見て一番左端の軍隊です。その軍の進む先には野原あります」
おそらくその一軍はそこで休憩をとる。
そして、どうやら二十の軍同士は連携がないようだ。一軍が休んでいても他の軍はそのことを気にすることもなく先を進むだろう。
さらに、一番左端なら戦いが起きても他の軍に気付かれにくいはずだ。
「奴らがその野原に着くのはいつ頃?」
「およそ二時間後です」
「それじゃ、私たちが先に行って場を作っちゃいましょう。カリンちゃんの腕に掛かっているからね」
いきなり振られたカリンは慌てる。
「わ、私がですか!? 私なんて何も出来ませんよ」
「ん!?」
「そんなたくさんのゴブリンと戦うことは無理です」
勢い良く言い放ったカリンにエルシーネは笑いかける。
「カリンちゃんは戦わないから大丈夫よ。防御壁を張ってもらうだけだから」
「防御壁を!?」
エルシーネに防御壁を張るということなのかとカリンは思ったが、エルシーネは首を横に振った。
「防御壁は私たちに掛けるのではないわ。奴らの右端に長い壁のように張ってもらいたいの」
ゴブリンの右端に防御壁の長い壁をつくることによって、ゴブリンが隣の軍に逃げ出すことを防ぐということだった。
しかし、千匹ものゴブリンを逃げ出さなくするためのバリアだ。かなりの長さが必要だろう。
無理だ、と思ったカリンの顔をエルシーネは真剣に見つめた。
「カリンちゃんなら出来るはずよ。もっと自分を信じて!」
「……はい」
「よし! それじゃ行きましょうか」
星華の道案内で三人は再び山の中を進み始めた。




