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第二十二話 フェルノン山脈へ

 フェルノン山脈はエースライン帝国からアイヤール王国の東端を南北に走る広大な山脈だ。

 標高二千メートル級の山々が連なる山脈は樹々に覆われていて入山を困難にしている。当然ながら整備された道も通っていない。

 そんな中、シャスターたちは獣道を徒歩で歩いていた。


 かなり険しい道だが、彼らの履物には出発前に脚力を強化する強化効果(バフ)を付けた為、獣道でも平地を歩くようにスムーズに登ることができる。



「位置は大丈夫だよね?」


「大丈夫よ。そのまま真っ直ぐ進んで」


 シャスターの背中に向かってエルシーネが指示を出す。

 彼女は地図を広げながら歩いていた。地図の中央に赤い点が付いているのだが、不思議なことにその点を中心にエルシーネたちが歩くたびに地図に描かれている図が変化し、彼女たちに合わせて動いているのだ。


「便利な地図ですね!」


 後ろから声を掛けたカリンにエルシーネがニコリと笑う。


「でしょ? この地図は自分たちのいる場所を正確に指してくれるの。しかもそれに合わせて地図が描かれていくの」


 これさえあれば、迷うことなどないのだ。


「ただ、この魔法の地図(マジック・マップ)は、エースライン帝国内でしか使えないの。だから、同じフェルノン山脈でもアイヤール王国側は映らないのよ」


 この地図は父から内緒で拝借してきたの、と茶目っ気たっぷりに笑うエルシーネだったが、それだけ凄いマジックアイテムということだ。

 確かに、この地図を持っていれば、エースライン帝国の地理の全てが分かってしまう。


「ばれて、あとで怒られてもしらないよ」


「あら、心配してくれるの? でも、父上に対してそんなヘマはしないから大丈夫よ」


「皇帝じゃないよ」


「あっ!」


 一転、エルシーネは苦い表情になった。


「俺の憶測だけど、エルシーネが魔法の地図(マジック・マップ)を勝手に拝借すること自体、彼は予想していたと思うけど」


「……確かに」


 急に落ち込んでしまったエルシーネの後ろでカリンが声を掛ける。


「エルシーネ様、誰のことかは分かりませんが、その時は私も一緒に謝ります。だから、気を落とさないでください」


「ありがとう、カリンちゃん!」


 エルシーネは思いっきりカリンに抱きついた。


「でも、大丈夫よ。いざとなったら、シャスターくんを生け贄として捧げるから」


「おい」


 どこまで本気か分からないエルシーネに対してため息を吐くと、シャスターは目の前を指さした。


「今夜はあの辺で休むことにしよう」


 茂みの中で少しだけ開けている平地があった。もうそろそろ陽が沈む時間になりつつある。

 今夜はここで野宿か、とカリンは思った。

 よくよく考えるとシャスターとの旅で初めての野宿だ。今までは旅先でもちゃんとした部屋に泊まることができていた。死者の森でさえも、廃墟だったが天井のある部屋に寝泊まりできたのだ。


 そんなことを考えていたカリンの隣で、エルシーネは平地を歩き回って何か測っているようだ。



「よし、この広さがあれば大丈夫ね。カリンちゃん、危ないから少し下がっていてね」


 何のことか分からないカリンだったが、言われたとおりに茂みに下がる。

 その直後だった。

 突然、平地一面に巨大な物体が現れたのだ。石のようなもので造られている物体は長方形の形をしており、一つの扉と複数の窓が付いている。


「これって、もしかして、家……ですか?」


 カリンが驚きつつもやっと口を開いて尋ねた。

 その物体は見るからに箱型の家だったからだ。


魔法の家(マジック・ハウス)、簡易型の宿泊施設ね」


 エルシーネの説明によると、魔法の鞄(マジック・バッグ)の機能を応用したマジックアイテムとのことだった。


「さすが、皇女様だね。スケールが違う」


 半ば呆れたようにシャスターは呟いたが、エルシーネは好意的に受け取ったようだ。


「なるべく快適に過ごせるほうがいいでしょ?」


 そう話しているところへ星華が現れた。彼女は周辺を偵察していたのだ。


「この先の周囲を調べてきましたが、まだ敵の姿は見当たりません」


「そうか。ご苦労様、星華」


「ところで、この物体は何でしょうか?」


 不思議がる星華にエルシーネが満身の笑顔を浮かべる。


「三人とも中に入って」


 扉を開けて中に入るとそこは居間だった。

 四人がくつろぐのに広過ぎるほどのソファーやテーブルが置かれている。その奥には廊下を挟んでバス、トイレがあり、二階に上る階段もある。二階には寝室が六部屋もあるとのことだった。



「さて、近くには敵もいないようだし、今夜はゆっくりしましょう」


 エルシーネは居間に置いてあった大きな箱を開ける。すると、中からはとても良い匂いがしてくる。箱の中はいくつかに区切られていて、それぞれに皿に盛られた料理が置かれていたからだ。


「出発前、料理人に作ってもらっておいたの」


 温かい料理からは湯気が上がっているし、冷たい料理は皿を触っただけでヒンヤリとする。

 おそらくはこの箱もマジックアイテムなのだろうとカリンは思った。


 テーブルには豪華な夕食が並んでいる。この光景だけみれば一流の食事そのものだ。誰も、ここが人気ない山の中などとは思うまい。


「すごい、凄すぎます!」


「ふふふ。カリンちゃん、そんなにはしゃがないの」


 軽くたしなめはするが、エルシーネも褒められて満更ではない。


「いただきます」


 エルシーネは優雅に食べ始めた。シャスターも豪快に食べ始める。星華も黙々と食べている。

 三人を見て、やっと状況を飲み込んだカリンもまた食べ始めた。



 こうして、出発初日は何事もなく平穏に終わりを迎えた。


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