第二十三話 業火の町
「さあ、みんな、今日も絶対に町から外出しないでね」
町の広場で大勢の人々に向かって、大きな声で叫んでいる少女がいた。
カリンだ。
あの騒動からもう四日目を迎えている。
あれからフェルドの人々は町に籠って生活をしていた。
そう、あの巨大な火柱に町中が囲まれたあの日からだ。
あの日、町中の人々は全員が死を覚悟した。
町全体が巨大な炎に包まれてしまったのだ。逃げ出すこともできない。すぐに町の中は燃えるような熱さになり、何もかもが焼き焦げ、焦土化してしまうだろう。
死を目前し、誰もが絶望に襲われていた。
しかし、状況は人々の予想を裏切った。
いくら時間が経っても灼熱の地獄が襲ってこない。町の周りは依然として炎が激しく燃えているのに。
しかも、炎が町の中に向かって燃え広がることもない。
「なに、どうなっているの?」
当然ながら、誰もこの不思議な状況を説明することができなかった。
そこでカリンは、自分が炎の壁に近づいてみると提案したのだ。
町長も兄のフリットも大反対したが、カリンは言い出したら引かない性格なのは充分に分かっている。それに、誰かが炎の壁の調査をしなければならないことだったので、仕方なくカリンの提案を認めた。
町中の人々が見守る中、カリンは町の防壁まで近づく。
さらに防壁を超えて、炎の壁まで数メートルまで来た。それでも、カリンは汗ひとつかいていなかった。この近さなら身体が耐えられないはずなのだが、全く熱さを感じない。
カリンは思い切ってさらに近づき、ついに炎の目の前に立った。
炎は轟音とともに激しい明るさで燃えたぎっている。
防壁よりも遥かに高い炎の壁を見上げて、恐怖でカリンの鼓動が激しくなる。しかし、それでも熱さは全く感じない。
その間、町の人々は固唾を飲んでカリンを見守っていた。
「カリン、熱くないのか?」
フリットが叫ぶと、カリンは振り向いて大声で叫び返した。
「全然、大丈夫」
そして、カリンは信じられない行動に出た。
恐る恐る右手を炎の中にゆっくりと入れたのだ。
「カリン!!」
フリットが思わず声を上げる。
しかし、カリンは兄の声が聞こえていないほど、何かに驚いている。
「何なの、これ!?」
カリンは炎から手を出した。
炎と手を交互に見つめた後、再び手を炎に入れる。今度はしっかりと腕まで炎の中に入れたのだ。
周りからは悲鳴が上がるが、そんなことを気にする余裕はカリンにはなかった。
直後、カリンの表情が驚きから安堵感へ変わり、そして笑い顔になった。
「みんなー、大丈夫! この炎には熱さがないよー!」
炎に入れた手を大きく振って、カリンが人々を呼び寄せる。
その声を聞いた時、人々はカリンが言っている意味が分からなかった。それでも笑顔で手を振っているカリンの元へ、一人二人と向かう。
そして、大勢の人々がカリンの周りに集まった中、カリンの言葉を信じて最初に手を入れたのはフリットだった。
「本当だ、全く熱くない!」
驚きの表情でフリットもまた何度も出し入れをしてみる。それを見ていた人々も炎に手を入れてみた。
誰もが驚きながらも安堵して笑いあった。
「一体、この炎は何なの?」
カリンの疑問に答えられる者はいない。
それはそうだろう、こんな巨大な炎の壁自体、初めてみるものだ。まして、その炎の壁が熱くないなんて意味が分からない。
「この炎は本物ではないのかもしれん」
人波の中から町長が現れた。
「おじいちゃん、どういうこと?」
「その炎は幻術、つまり偽物の炎ということだ」
幻術にしてはあまりにも本物過ぎる炎であったが、熱くないし燃え広がらないということを考えると、幻術と考えるしかない。
シャスターたちが町の周りにまいていた黒い粉は、幻術の巨大な炎を起こすための薬だったのだろう。
では何故、わざわざこんなことをシャスターはしたのか。
それは、デニムにフェルドの町が全滅したと思わせるためだ。
「いいか、何があっても町から出ては駄目だ」と、シャスターが傭兵隊に立ち向かう時にカリンに伝えた言葉。
今やっとその本当の意味が分かった。
一ヶ月の食料の備蓄を気にしていたのもこのためなのだろう。
(シャスター、ありがとうね!)
カリンは真っ赤に染まっている空を見上げながらシャスターに感謝した。
しかし、だからこそカリンとしては許せないことがある。
祖父である町長の行動だ。
町長がデニムと密約を結んでいたこと、その内容がカリンをデニムに差し出すのを諦めてもらう代わりに、シャスターを差し出そうとしたこと。
その話を聞いてから、カリンは祖父とあまり会話をしていない。
もちろん、祖父の行動は孫娘であるカリンのためではなく、何よりフェルドを守るためであったことは理解できる。しかし、それでも自分たちを助けてくれた旅人を交渉の道具に使うことにカリンとしては違和感を覚えていたのだ。
ただ、カリンは密約の件は誰にも話さず、祖父に問い詰めることなく、自分の胸の内に閉まっておいた。
(シャスターが守ってくれたフェルドのために、私にしか出来ないことをしないと!)
それからカリンは精力的に働いた。
まずは、自警団を編成し町を警護しつつ、人々が炎の外に出ないように指示を出した。
町の中だけでの生活は窮屈この上ないが、外に出たところを誰かに見られでもしたら大変だ。その時はフェルドが再び総攻撃を受けることになり、何より騙していたシャスターの身に危険が及ぶ。
それだけは絶対に避けなければならない。だからこそ、町の監視には細心の注意を払った。
町人たちも不平を言うことなく、カリンの指示に従った。
こんな状況がいつまで続くか分からない。そう考えると絶望的になることもある。
しかし、それでもカリンはシャスターを信じていた。
必ずシャスターが助けてくれると。
(だから早く戻って来なさい。その時はちゃんとお礼を言うから)
今日もカリンの忙しい一日が始まろうとしていた。




