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第十六話 カリンの杞憂

 大きくため息をつくシャスターの前で、エルシーネはほくそ笑んだ。

 ザン将軍も満面の笑みを浮かべている。



「そこまでいうのなら、シャスターくんにゴブリン・ロードを倒してもらおうかしら」


「ちょっと待って、俺はそんな約束……」


「カリンちゃんが宣言したのよ。仲間であるシャスターくんが約束を守るのは当然でしょ」


 エルシーネは笑った。対照的にシャスターは暗い表情だ。


「カリン……」


 シャスターは恨めしそうにカリン見つめる。


「えっ、どういうこと!?」


「カリンさんは、まんまと踊らされたということです」


 無口な星華が珍しく自分から口を開いた。


「エルシーネ様もザン将軍も、シャスター様にゴブリン・ロードとの戦いに参加して欲しかったのです。しかし、当然ながらシャスター様は普通に頼まれても……」


「断る」


 カリンは断言した。シャスターの性格上、面倒なことは避けるだろう。



「そこでお二人はシャスター様を強制的に参加させる方法を考えたのです。それがカリンさんを使う方法です。シャスター様をけなすことでカリンさんをわざと怒らせてしまおうとしたのです」


 カリンは絶句した。

 それじゃ今までのことは全て。


「エルシーネ様の策略です」


 淡々と話す星華に対して、エルシーネが笑う。


「どう、私の演技もなかなかのものだったでしょう?」


「やり方がえげつない。七大雄国(セフティマ・グラン)の一角を成す帝国の皇女さまとは思えないほどにね」


 不平たらたらの少年が文句を言う。


「そりゃまぁ、シャスターくんを味方に引き入れるためだったら何でもするわよ」


 エルシーネは悪びれもしない。



「そんなこととは知らずに……ごめんなさい。シャスター」


 自分が騙されていたと知って申し訳なさそうにカリンが謝る。


「カリンが悪いわけじゃない。それにエルシーネがこんな手の込んだことをしなくても、カリンはゴブリン・ロードとの戦いを俺に勧めるつもりだっただろ?」


「うん」


 カリンは小さく頷いた。責任感の強いカリンはエルシーネから頼まれれば断りはしないのだ。


「つまり、俺はどのみち参加するしかなかった」


 シャスターは苦笑いした。


「ということで、エルシーネ。こんな卑怯な手を使わなくても、最初から俺は戦うことになっていたのさ。残念でした」


 子供じみた悔しくないアピールをしたシャスターだったが、それに対してエルシーネは意外な行動に出た。



「シャスターくん、それにカリンちゃんも本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げる。


「私の立場ではシャスターくんにお願いするって、なかなか出来ないことなの。だから、シャスターくんたちが自ら戦ってくれるという名目が欲しくて、このような回りくどい方法しかなかったの。本当にごめんなさい」


 エルシーネはもう一度頭を下げた。

 伝説の魔法学院の後継者に頼むということは大国としての矜持があるのだろう。あるいは、エルシーネの兄の方がそれ以上に問題か。

 おそらく後者だろう。シャスターは心の中で苦笑した。


「申し訳ありませんでした」


 隣にいるザン将軍も深く頭を下げる。

 エルシーネの策略に途中から気付いたザン将軍だったが、皇女の嫌味を止めることなく容認していた。

 だからこそ、ザン将軍は自身も同罪だと思っているのだ。


「はぁ……」


 エースライン帝国の最強を誇る十輝将の二人が頭を下げている。なかなか見られる光景ではないが、シャスターとしてはどうでも良いことだ。


「別に怒っていないし、もういいよ」


 シャスターは二人を許した。

 この件はこれで終わりだ。


 しかし、別件がある。



「それにしても、カリンちゃん!」


 殊勝な表情のままエルシーネがカリンに力強い視線を向ける。


「私にあんなに堂々と反抗するなんて……」


「申し訳ありません! 申し訳ありせん! 申し訳ありません!」


 カリンは頭を深く下げて何度も謝った。

 エースライン帝国の皇女であり、十輝将のエルシーネに逆らったのだ。当然、謝ったところで許されることではない。

 カリンはこの場で殺されても文句は言えないことをしてしまったのだ。


 しかし、そんなカリンの頭をポンポンと軽く叩いたエルシーネが、カリンの顔を覗き込みながら笑い掛ける。


「大好きよ! カリンちゃん!」


「!?」


 そのままエルシーネに抱きつかれたカリンは、何が何だか分からない。


「カリンちゃんが私に反抗してくれた時、内心でどれほど嬉しかったことか」


「で、でも、私は不敬罪で処刑では……」


「私がそんなことする筈がないでしょ!」


 抱きしめていた手を一旦離すと、エルシーネはカリンの両目をしっかりと見た。


「カリンちゃんのシャスターくんを信じる気持ち……私は心から感銘を受けたわ」


「い、いえ……そんな……」


「それに、どんなに相手の立場が上であっても、間違っていることに対しては怖気付くことなく堂々と戒めることができる。なかなか出来ることじゃないわ。しかし、カリンちゃんはそのことを誰にも教わることなく、自らの気持ちに正直なまま行うことができた。これって、とても凄いことなのよ!」


「は、はぁ……」


 カリンはまだあまり把握できていない。しかし、とりあえず命が助かったようでホッとしていた。



「シャスターくん! やっぱりカリンちゃんを私に……」


「それでは、話を戻します」


 グッドタイミングで話を戻したザン将軍に、エルシーネの話が長引くことを覚悟していたシャスターは心から感謝した。


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