第十三話 ゴブリン・ロード
「終盤戦の最中、私は近くの崖の上からこちらを見下ろしている巨大なゴブリンを見かけました。それを見た瞬間、私の背に悪寒が走りました。当時の私には敵わない敵だったのです」
ザン将軍が苦々しく話す。
見たことがない敵の出現、当時のザン将軍はゴブリン・ロードの存在を知らなかったが、その巨大なゴブリンを見て合点がいった。
ゴブリンが一万もの大軍で現れたこと、しかも組織だっていること、高度な戦略と戦術を使っていること、それら全てが巨大なゴブリンの仕業だということを。
「私は怖気づいて動くことができませんでした。しかし、当時の将軍がゴブリン・ロードに戦いを挑み見事に討伐しました」
ザン将軍は苦笑いをする。
将軍の強さと自分の弱さをまざまざと見せつけられて、落ち込んだことを思い出したのだ。
ゴブリン・ロードを討伐すると、ゴブリンの大軍は一気に弱体化した。
組織だった行動はなくなり、その後ゴブリンを簡単に全滅させることができたのだった。
あれから十五年、また戦いが起きようとしている。
「今回、新たなゴブリン・ロードが現れたということか」
そう確信したシャスターに、二人も肯定の意味を込めて頷いたが、疑問も残る。
「でも、魔物の王化はそれほど頻繁には起きないはずよね?」
「確かに前回から十五年しか経っていません。それに、同じ場所で再び魔物の王化が発生するのも変です」
エルシーネとザン将軍が疑問を呈した。
「十五年前ゴブリン・ロードが現れた、更にその前に帝国に魔物の王が現れた記録は?」
「約百年前、帝国北部の山脈に雪狼の王が現れたようです」
当時の文献によると、巨大な雪狼の王に率いられた数千匹の雪狼が帝国の北部を襲ってきた。村々にも被害が出たようだが、すぐに派遣された軍によって討伐されたとのことだった。
「元々、このフェルノン山脈一帯にはゴブリンたちが住んでいます。ですから、ゴブリン・ロードが発生する環境といえば、そうなのですが……」
「魔物の王が出現すること自体が珍しいのに、同じ場所に同種の王化が発生することはさらに極めて珍しい、か」
「はい」
三人は腕を組んで考える。
「シャスター、ゴブリン・ロードって何?」
カリンが申し訳なさそうに会話に割り入る。
三人の会話の邪魔はしたくなかったが、すぐに知りたい気持ちが勝ってしまった。
そんなカリンを見てザン将軍が朗らかに笑う。
「良いのだ、カリン嬢。実を言うとな、俺も詳しく知らないのだ」
「なにせ百年に一度ぐらいしか現れない魔物なのだから、私もよく知らないわ」
エルシーネは苦笑しながらワインを口に運ぶ。
「と言うことで、ここにいる中ではシャスターくんが一番詳しいはずよ。カリンちゃんにも分かるように詳細に教えてちょうだい」
魔法使いは職業柄、知識欲が強く色々な知識を身につけている者が多い。知識の探求者といわれる所以だ。
だからこそ、小さな単位でいえば冒険者パーティーではリーダーに助言をする役目になるし、大きな単位でいえば国家の宮廷魔術師は王の補佐をすることが多い。
大陸中の魔法学院の頂点に君臨する伝説の魔法学院の後継者なら、さぞ魔物に関しての知識を持っているのだろうとエルシーネは思ったのだ。
しかし、当の本人は再びフルーツを口に運びながら、爆弾発言をする。
「俺もゴブリン・ロードについてあまり知らないけど」
その直後、エルシーネとザン将軍は固まってしまった。




