第十一話 十五年前の出来事
宴はシャスターたち三人とエルシーネ、そしてザン将軍だけの小さなものだった。
しかし、規模が小さいからといって料理も少ないという訳ではなかった。それどころか、反比例しているかのように豪華だ。食べ切れないほどの料理が大きなテーブルの上を埋め尽くしている。
「それでは、シャスター様たちの訪問を祝して乾杯!」
ザン将軍の掛け声とともにシャスターは食べ始めた。通常、来賓は気を遣うものだが、彼にはそれがない。
さらに、もてなす側の皇女も忙しそうにフォークとナイフを動かしている。
そして、ザン将軍はその光景を楽しそうに見ている。
「星華殿とカリンさんもどうぞお食べなさい。急がないと無くなってしまいますぞ」
冗談めいてザン将軍が笑う。
「はい、いただきます」
カリンは食べ始めた。それに続いて星華も静かに食べ始める。
しばらくの間、食べることに専念したシャスターだったが、食べ終わりにフルーツをフォークに刺しながら唐突に質問をしてきた。
「ザン将軍、東のフェルノン山脈の異変について教えて」
シャスターの質問に、ザン将軍はエルシーネと目を合わせる。二人は軽く頷くと、ザン将軍が口を開いた。
「十五年前、アイヤール王国で起きた惨劇が再び起きようとしています」
ザン将軍が間接的に答える。
「それって、エルシーネがレーテル国王に話していたこと?」
「そうよ」
十五年前、突然フェルノン山脈から現れたゴブリンの大軍によって、アイヤール王国が襲撃を受けて存亡の危機に陥ったことだ。
その時はエースライン帝国も軍を派遣してゴブリンの大軍を撃退することができのだが、アイヤール王国はその後、国の復興に何年もの月日がかかってしまったのだ。
そのゴブリンの襲来が再び起こる予兆があるため、早く国を立て直してゴブリンに備えるようにと、エルシーネがレーテル国王に忠告したのだが。
「そんな悠長なことを言っている状況ではなくなったの」
エルシーネが大きなため息を吐く。
「昨日、フェルノン山脈に放っている斥候たちが一万ものゴブリンの大軍を見たと報告してきたのです」
その報告を聞いた時、ザン将軍はゴブリンの動きが早すぎると驚いた。
一ヶ月ほど前から山脈に不穏な動きがあることは察知していた。しかし、まだ数十単位のゴブリンがいくつかの場所で現れ始めたに過ぎず、本格的な襲来があるとしても、まだ半年や一年先だと思っていたからだ。
それが突然一万の大軍だ、ザン将軍が驚くのは無理もない。
「私もザン将軍から聞いた時は耳を疑ったけど……本当だったわ」
エルシーネはペガサスに乗って実際にその大軍を見てきた。闘技場に現れたのはその帰りだったのだ。
「奴らは私に気付くと、矢を射ってきたわ。しかも弓ではなく弩でね」
「弩ですと!」
声を上げたのはザン将軍だった。信じられないという表情をしている。
「十五年前の戦いでは、弩などの高度な武器はなかったはずです」
「それだけ敵は知恵を付けているということでしょうね」
「そもそも十五年前も普通ではありませんでした」
「ごめん。二人とも俺たちにも分かるように話してくれるかな?」
エルシーネとザン将軍の会話に、シャスターが割って入った。
シャスターたちも、アイヤール王国のフォーゲンから十五年前のゴブリン襲来の話は聞いていた。しかし、もう一度詳細に聞いておきたかったのだ。
「シャスター様、申し訳ございません。話に熱がこもってしまったようで」
ザン将軍が謝りながらも、もう一度十五年前の出来事を話し始める。
十五年前、フェルナン山脈に一万ものゴブリンの大軍が現れた。ゴブリンの大軍は山麓の村々を蹂躙しながら、アイヤール王国の中心に向けて進み始めた。
しかも、ゴブリンたちは戦術を用いてアイヤール王国軍と戦い、連戦連勝を続けていたのだ。
本来、知性が低いゴブリンが戦術を用いて戦うことなど、あり得ない。
さらに進んでいる道筋から、ゴブリンたちの目的地がアイヤール王国の王都アルだと判明した。
ゴブリンの大軍は王都を目指している。あり得ないことに、王都を陥落させるという高度な戦略で、アイヤール王国を滅ぼそうとしていたのだ。
あり得ないこと続きで、当時のエースライン帝国の援軍も出遅れてしまった。
その間に、ゴブリンの大軍は王都アルの手前まで進軍してきたのだ。
「十五年前の戦いに私も参戦していました」
ザン将軍は苦々しげに当時のことを思い出していた。




