第七話 迷惑な とばっちり
闘技場の空から、あり得ない声が響いてきた。
しかし、さすがはザン将軍だ。とっさの出来事にも素早く対応をした。
笑顔を崩すことなく、ゆっくりと上空を見上げる。
「おぉ、これはエルシーネ皇女殿下」
ザン将軍は敢えて問いかけには答えず、エルシーネに軽く頭を下げた。
「随分早い到着でしたな」
「シャスターくんたちとの宴に間に合わせようと思ってね」
エルシーネもさらに問いただそうとはせず、表面上は大人の対応だった。
しかし、穏やかな笑顔の裏があることを長い付き合いのザン将軍はよく知っていた。
「シャスターくん、また会えたね!」
「エルシーネが何故ここにいるの?」
帝都に戻ったのではなかったのか。
ついこの間、会ったばかりなのに再び会ってしまった。また面倒なことに巻き込まれる予感しかないシャスターは、心の中でため息を吐いた。
「ペガサス騎士団は遊撃部隊だから色々と仕事があるのよ。今はここ、シャイドラで活動をしているの」
アイヤール王国での一件が終わった後、エルシーネだけは帝都に戻らずに国境都市シャイドラにいたのだ。
「へぇー、皇女様も大変だね」
「ええ。人使いの荒い誰かさんのせいでね!」
エルシーネはここにはいない人物を思い出して空を睨んだ。そして、そのままエルシーネの冷たい視線はザン将軍までも襲う。
「ところでザン将軍、もしかしてシャスターくんと試合をしていたの?」
「はい。ちょうど終わったところです」
「ふぅーん。で、結果はもちろんザン将軍の圧勝でしょうね」
「シャスター様もとても強くなられました」
「でも、いくらシャスターくんが強くなったからといっても、ザン将軍ほどの実力者なら、片手だけでも余裕だったでしょ?」
試合が終わった直後に現れたということは、エルシーネは試合を上空から見ていたはずだ。
だから、試合内容も分かっているはずなのに、わざわざ聞いてきたのは、片手ではなく両手を使った事実をザン将軍の口から言わせる魂胆なのだろう。
嫌なところを突いてくる姫さまだと、ザン将軍は内心で舌打ちをした。
「宮仕えが大の苦手な皇女」と言ったことを根に持っているのだ。
「両手を使いました」
「ええっー! ザン将軍ともあろうお方が両手を使った、ですって!?」
わざとらしく大袈裟に驚いたエルシーネは大きなため息をついた。
「いくらシャスターくんの剣技の腕前が超上級とはいっても魔法使いよ。それが試合とはいえ、剣が本職のザン将軍が両手を使うなんて困ったものね」
「片手では勝負が長引くと思い、両手を使ったのです。それほどにシャスター様の剣技は見事でした」
実直な武人であるザン将軍は言い訳をしない。事実を話すだけだ。
「まぁ、ザン将軍もまだまだ伸び代があるということね。これからもお互いに精進していきましょう」
エルシーネが上から目線で勝ち誇ったかのように笑う。
ようやくザン将軍に言われた「宮仕えが大の苦手な皇女」という冗談への溜飲が降りたようだ。
その光景を離れた場所から見ていたカリンが、観客席に戻ってきたシャスターに囁く。
「エルシーネ皇女殿下って、いつもあんな感じなの?」
「あぁ、あの性格のことか。気の強さと性格の悪さは帝国一だよ」
「皇女様もあなただけには言われたくないと思うけど」
シャスターの言葉には、過分に偏見で主観的な気持ちが込められていることは間違いない。
しかし、それを差し引いたとしても、エルシーネが気の強いことは確かなのだろう。ザン将軍とのやりとりだけでも、そのことは充分に分かった。
「それよりも、宴に行こうか」
シャスターにとってはエルシーネのことなど、どうでもいいことだ。そんなことよりも、早く豪華な料理を食べたい。
途中、エルシーネ乱入というアクシデントもあったが、とりあえず終わったようだ。であれば、さっさと宴の会場に向かうだけだ。
しかも、急に嫌な予感がしてきた。
ここに長居してはダメだと、シャスターは直感で感じ取っていた。
「早く行こう!」
シャスターは足早に闘技場を去ろうとする。
だが、その直後シャスターを呼び止める声が闘技場に響き渡った。
「シャスターくん、待って!」
ますます嫌な予感しかしない。
エルシーネの呼びかけを無視して、シャスターは闘技場の入口に急いで向かう。
しかし、入口に辿り着く直前、シャスターは突然阻まれてしまった。
阻んだのは当然エルシーネだ。
「逃げないでよ、シャスターくん」
ペガサスに乗ったエルシーネが入口の前に降り立ったのだ。
嫌そうな表情をしているシャスターとは対照的にニッコリと微笑んでいる。
「シャスターくん、私とも勝負して!」
嫌な予感が当たってしまった。
とばっちりを受けたシャスターは、恨めしそうにザン将軍を見つめながら大きくため息をついた




