第六話 勝敗
「以前、お会いした時よりも格段に腕を上げましたな」
ザン将軍はまるで我が事のように喜んでいる。
しかし、逆にシャスターはムスッとしていた。
「剣のレベルはどのくらいになられましたかな?」
「片手剣がレベル三十五になった」
「ほぉ、超上級ですか。それは凄い!」
ザン将軍は驚いてみせるが、それ以上に驚いているのはザン将軍の部下たちだった。
もし、試合前に少年が超上級の剣技を持っているなどと言われても、絶対に信じなかっただろう。イオ魔法学院の後継者といえども魔法使いが剣技で超上級などあり得ないからだ。
しかし、この試合を見た後ならば信じるしかない。
「部下たちにも良い刺激になっているようです」
チラッと部下たちを見たザン将軍だったが、すぐにシャスターに視線を戻した。
「久しぶりに戦えて嬉しいですぞ」
しかし、喜んでいるザン将軍とは反対に、シャスターは不機嫌そうに文句を言う。
「全く本気を出していないくせに」
それを聞いてカリンは耳を疑った。
あれ程の激しい戦いなのに、まさかザン将軍は本気ではなかったということなのだろうか。
「そんなことはないですぞ。シャスター様は充分にお強い」
「それなら何で利き腕じゃない左手、しかも片手だけで戦っているの?」
さらにカリンは驚いた。
ザン将軍は左手しか使っていなかったというのか。
「そもそも、ザン将軍の扱う武器は両手剣でしょ?」
「やはり気付いておいででしたか。ただ、これは練習用の剣でして、私が本気を出すとすぐに壊れてしまうので……」
「構わないよ」
シャスターがふてくされていた理由が分かった。
ザン将軍が本気で戦っていないことに腹が立っていたのだ。
ザン将軍もそのことに気付いて頭を下げる。
「それに、将軍の私が剣での試合において、本気を出すなど……」
「プライドが許さない?」
シャスターに核心を突かれてザン将軍は怯んだ。
「いや、そういうわけではありませんが……」
少し迷ったザン将軍だったが、そこは武人だ。すぐに気持ちを切り替える。
「確かに試合を申し込んでおきながら、手を抜くとは礼を欠く行為でした。大変失礼致しました。それでは本気を出させていただきます」
「うん、そうこなくちゃ」
その直後、ザン将軍を取り巻く空気が変わったようにカリンには感じられた。
「いきますぞ!」
ザン将軍は両手で剣を構える。
次の瞬間、ザン将軍はシャスターの胸元にいた。
「!?」
まるで瞬間移動をしたかのような素早い動きに驚く暇もなく、ザン将軍の剣がシャスターの胸を狙う。
辛うじて剣で防いだシャスターだったが、両手を使った将軍の剣の威力は抑えることはできず、そのまま後方に吹き飛ばされ地面に激突する。
そこに突進してきたザン将軍の剣が再び襲い掛かる。
「くっ!」
間一髪のところで跳ね避けたシャスターは、そのまま剣を抜き攻撃に転じた。突進して背中がガラ空きになったザン将軍の背後を狙って剣を突きつけようとする。
意表を突かれたザン将軍だったが、そのまま振り向くことなく背後を見せたままの状態でシャスターの突きを紙一重で避けた。と同時に身体を反転させ、シャスターの握っていた剣を叩き落とし、シャスターの胸に剣を突き付けた。
「チェック・メイトです」
「参った、降参だ」
シャスターは諦めて両手を上げた。
「なかなか良い動きでした。特に私の攻撃を防いですぐに攻撃に転じるとは、なかなかのものです」
「あれはザン将軍がワザと背中を見せて隙を作らせたでしょ? まんまと乗せられてしまった」
「私も武人として二十年近く第一線で戦っていますから、多少はずる賢くもなるのです」
ザン将軍は大きく笑い声を上げた。
「負けが決まっている試合なんて面倒だと思ったけど、色々と学ぶことができた。ザン将軍、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ勝手な願いを聞いてくださり、感謝致します」
勝った巨漢の将軍が負けた少年に頭を下げている。何も知らない者が見れば奇妙な光景に映るだろう。しかし、二人は至って真面目だった。
「ザン将軍に全力で戦ってもらえるように、次回までにもっと腕を磨いておくよ」
シャスターは分かっていた。「本気を出す」と言ったザン将軍は、真摯にシャスターに向き合う「本気」は出していたのだが、「全力」は出していなかったのだ。
もし、全力を出していれば、最初の一撃でさえ防ぐことができなかったはずだ。その時点で試合は終わっていただろう。
「剣技の腕前はこれからさらに伸びていくでしょう。シャスター様がイオの後継者でなければ、私はシャスター様をエースライン帝国の次期将軍として推しましたぞ」
「褒め過ぎだよ。それに宮仕えは性に合わない」
「大丈夫ですよ。我が国にもエルシーネ騎士団長という宮仕えが大の苦手な皇女殿下もいらっしゃいますし……」
ザン将軍が冗談で笑ったが、途中で笑い声が止まる。
「誰が大の苦手ですって?」
その瞬間、ザン将軍の背筋が凍った。




