第五話 将軍の強さ
「シャスター様、私と勝負をお願いします!」
「!!」
明らかにシャスターの顔色が変わった。
「あっ、いや、まだやるとは……」
「楽しみですな!」
ザン将軍は嬉しさのあまり、シャスターの困惑した声が聞こえていない。
「剣と剣の勝負です。もう試合会場も用意してございます」
ホールの左手の扉が開くと、その先は巨大な闘技場となっていた。ザン将軍はすでに準備を整えていたのだ。
「私個人の願い事でありますので、ここにいる者たち以外には誰にも知らせておりません。思う存分に戦うことができますぞ!」
ザン将軍は練習用の剣を部下から受け取ると、先に闘技場へと歩き出した。その後を部下たちもついていく。
ホールに残されたのはシャスターたちだけとなった。
「はぁー」
面倒くさそうにシャスターはため息をついた。
「いいじゃない、ザン将軍と戦えば。シャスターの強さを見せつけてあげればいいのよ」
カリンは軽いノリだ。
シャスターは魔法使いだが、剣の実力も凄いことを知っているからだ。
なにせ、レーシング王国ではフェルドの町を襲ってきた傭兵隊の猛者たちを簡単に倒してしまった。さらに後から聞いた話によると、王領騎士団の幹部たちをも瞬時に倒してしまったらしい。
もちろん、今までシャスターが戦ってきた騎士たちと比較にならない程、武人の最高位である将軍の強さは桁違いだということは知っている。当然、ザン将軍もとてつもなく強いのだろう。
それでも、シャスターの神がかった剣技を間近で見たカリンとしては、相手が将軍だとしてもシャスターが負けるとは思えない。
「シャスター、頑張ってね!」
「……」
カリンを横目でチラッと見たシャスターは、もう一度ため息をつくと、練習用の剣を取り闘技場に足を踏み入れた。
闘技場では歓声が上がることはなかった。静かな闘技場だ。
観客席には数人の将軍の部下と、その反対側にカリンと星華が座る。
「念のための確認だけどさ。魔法は無し、だよね?」
「もちろんです。剣と剣の戦いです」
豪快に笑うザン将軍を見ながら、シャスターはつまらなさそうに頭をかいた。
「準備はよろしいでしょうか?」
「……いつでも」
「それでは、参ります!」
ザン将軍が剣を抜きながらシャスターに突進してきた。巨体に似合わず、かなり素早い動きだ。
しかし、シャスターは剣を交えることなく瞬時に避ける。
そのため、ザン将軍は突進の勢いを止めることが出来ずに、そのままシャスターの横を突き抜けてしまったが、片足で地面を蹴りつけ急ブレーキをかけると、その反動で半回転しながらシャスターの背後から激しく斬りかかった。
これにはシャスターも避けることはできない。慌てて振り向き、剣で防御せざるを得なかった。剣と剣の激しい火花が散る。
さらに立て続けにザン将軍の剣技がシャスターを襲い始めた。
防戦に追い込まれたシャスターは、一歩また一歩と後退していく。しかし、ただ後退していたのではない。反撃の機会を伺っていたのだ。
剣で防ぎながらも、シャスターが右脚で鋭い蹴りを放つ。蹴りはザン将軍のわき腹に見事に入った。
一瞬動きが止まったザン将軍に、シャスターがすかさず二撃目の蹴りを放つが、今度はザン将軍の左腕で防がれてしまった。
体勢を崩したシャスターにザン将軍の剣が再び襲いかかるが、シャスターは自ら体勢をさらに崩して、敢えて地面に倒れ込むことで、ザン将軍の攻撃を避けた。そのままザン将軍の死角から剣を勢いよく突き上げて、ザン将軍の喉元に襲い掛かる。
しかし、ギリギリのところでザン将軍が上半身を反りながら後方に転回跳びをした。巨体とは思えないほどの身軽な動きだ。
両者の距離が一旦離れた。二人は再び剣を構え直す。
この間僅か十数秒の出来事であったが、カリンは試合を凝視したままだ。
あまりにもレベルの高い試合に見入っているのだ。
しかも……。
「シャスターと互角に戦っている……」
シャスターが笑みも見せずに真剣な表情で戦っている。
カリンは、シャスターと互角に戦っているザン将軍の強さに驚愕していた。




