第四話 武人の最高位
緊張しているカリンとは対照的に、シャスターには全く緊張感がない。
それどころか、とんでもないことを偉丈夫に尋ねる。
「わざわざの出迎え、悪いね。えーと……」
「ザン・シャルトでございます」
「あっ! そうそう、そうだった」
シャスターの後ろにいたカリンは、毎度のことながら少年の失礼過ぎる対応に内心でため息をついた。
しかし、少年の次のひと言で、そんな気持も吹っ飛ぶ。
「久しぶりだね、ザン将軍」
「しょ、しょうぐん!?」
カリンは驚きのあまり声を張り上げてしまい、慌てて口を押さえた。しかし、カリンが驚くのも無理はない。
将軍と聞いて驚かない者などいないからだ。
将軍とは武人の最高位だ。
だからこそ、並大抵なことでは将軍にはなれない。
カリンの暮らしていたレーシング王国にも将軍職はなかった。レーシング王国のエルマ、マルバス、ウルだけでなく、シュトラ王国のガイムも、そしてアイヤール王国のマイトラも将軍ではなかった。彼らほどの国を代表する実力者でも将軍にはなれない。それほどまでに将軍職とは特別なものなのだ。
常人とは桁違いの個人の強さと、傑出した大軍の指揮能力を兼ね備えた人物のみに与えられる称号なのだ。
それほど偉大な人物が目の前にいるのだ。
カリンが驚くのは無理はない。緊張していた表情がさらに強張ってしまう。
それなのに……。
「ごめんね、ザン将軍。将軍の顔は覚えていたけど、名前がね……」
大変失礼なことを適当に誤魔化して、愛想笑いするシャスターにカリンは腹が立った。
しかし、このような場面で突っ込む勇気は流石にない。
「いえいえ、わざわざ私の名前を覚えているほうが酷というものです。顔だけでも覚えておられて嬉しい限りです」
ザン将軍は笑った。
適当な対応のシャスターとは正反対に、ザン将軍は大人の対応だ。
武人最高峰のとてつもなく高い地位にいるのに、随分と殊勝なことを言う将軍だと思ったが、当然ながらシャスターの前だからだ。
それに、あれほどの威圧感がいつの間にか消えている。
どうやら二人は知り合いのようだが、認知度においては一方に比べてもう片方は著しく低かった。それなのに名前を忘れられたほうは怒るどころか、顔を覚えていただけで感謝している。
なんとも奇妙な関係だ。
しかし、今まで出会ってきた地位の高い人たちは、シャスターの前では皆こんな感じだった。
それだけシャスターの身分、イオ魔法学院の後継者というのは、彼らと比べても雲の上の存在であり不可侵なものなのであろう。
カリンは改めてシャスターの凄さを実感した。
しかし、だからといってシャスターの対応が良いかどうかは全くの別問題だ。人間性でいえば、完全にアウトだろう。
「あれ? でも、ザン将軍は確か、帝都防衛の任に就いていたはずじゃ……」
「半年前に配置異動があり、今はシャイドラの最高責任者を拝命しております」
「なるほど、そういうことか」
人間性がアウトなど思われているとは想像もしていない少年は、ザン将軍の説明で合点がいった。
「シャスター様が来られることは、エルシーネ皇女殿下からお聞きしておりました」
だから、都市の外で騎士たちがシャスターたちを待っていたのだ。
「それでわざわざ出迎えしてくれたんだ。それじゃ、今夜はゆっくり休ませてもらってもいいかな?」
「もちろんでございます。本来ならば、何日も長居をして頂きたいのですが、シャスター様が急ぎの用件があることは知っております。であれば、今夜だけでも宴を催したいと思いますが」
「悪いね、今朝からずっと馬を走らせていたから腹ペコで。せっかくだから、帝国の美味しい料理が食べたいな」
言葉とは裏腹に全く悪いと思っていないシャスターの口調にカリンは呆れたが、言われた方は畏まっている。
「承りました。ただ、宴を開催する準備にもう少しだけお時間を頂きたいのですが……」
「もちろん。急に押し掛けたのはこちらだからね。待つのは当然さ」
さすがに「今すぐ食べさせろ」とは言わなかったことにホッとしたカリンだったが、まだまだシャスターの言動に気を抜けない。
しかし、本当に気を抜けないのはザン将軍のほうだった。
「宴開催までの暫しの間、シャスター様にお願いがあるのですが……」
「なに? 少しの時間で済むことならいいよ」
と言った直後にシャスターは後悔した。
ザン将軍の身体から一気に殺気が吹き出したからだ。
いや、殺気ではない。それはザン将軍の歓喜だった。
皆さま、いつも読んでいただき、ありがとうございます!
新しいキャラクターが登場しました。
ザン将軍です。
将軍とは、どのような人なのでしょうか。
エースライン帝国についても、これから色々と書いていきたいと思います。
今後の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。
これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!
誤字報告をしてくださった方
報告して頂き、ありがとうございました。
修正をしました。
本当にありがとうございました。




