第二話 国境へ
シャスター、カリン、星華は山脈の裾野付近にあるアイヤール王国側の国境の町に到着し、三日目の夜をその町で過ごした。
町の宿屋は、今までカリンが泊まった国境付近の宿屋の中では一番大きく、宿泊客も多いようだ。
翌朝、町の外に出たカリンは山脈に続く街道を眺めた。目の前には大きな山脈が広がっている。
ここからは今までのような平坦な道ではなくなる。
ゲンマーク山脈とフェルノン山脈がぶつかる間を街道は縫うように通っているようだ。
レーシング王国から出たことがないカリンにとっては、当然ながら峠越えは初めてだった。
しかも、場所は違うとはいえ、フェルドの町から毎日見ていたゲンマーク山脈を越えようとしているのだ。
山へ入る街道はそこまで急勾配ではなさそうだが、山を越えるのにはかなりの時間が掛かるだろう。
「さて、行こうか」
シャスターの掛け声と共に三人は町を出発した。
街道はずっと上り坂になるが、道幅も広く馬も歩きやすい。
一行は順調に峠に向けて進んでいく。
それから、山道を数時間進んだところで、昼食の休憩をとった。ちょうど峠まで半分程度の距離だ。
「峠を超えるのは日暮れ前かな」
「まだまだなのね」
このまま行けば、峠を越えた先で夜を過ごすことになる。
「ねぇ、野宿なんて大丈夫?」
カリンは不安そうな表情になる。
カリンは旅に出てからまだ野宿をしたことがなかった。死者の森でも廃墟に寝泊まりすることができていたからだ。
真っ暗闇な、しかも山の中で、外で寝るのはちょっとは怖い。
「温室育ちのカリンはベッドがないと寝られないか」
「そんなことないけど……」
「ペガサスがあれば山脈なんてひとっ飛びなんだけどね。あいにく持っていなくて、ごめんね」
シャスターが嫌味たっぷりにわざとらしく謝る。
これが、この少年の意地が悪いところだ。嫌味に少しは免疫ができていたカリンだったが、まだまだムカつくことには変わりない。
「でも、野宿って初めての経験だから楽しみよ」
「それは、それは、けっこうなことで」
強がったカリンに対して、笑い声を上げながらシャスターは馬を前に進めた。
その後ろ姿を思いっきり蹴り上げたい衝動を抑えて、カリンは怒りで荒くなった呼吸を大きく吐き出す。
「絶対にいつかギャフンと言わせてやる!」
「カリンさん、振り返って見てください」
「えっ!?」
星華の言葉で冷静さを取り戻したカリンは、言われるがまま進んできた街道を振り返る。
「!!」
そこでカリンはあることに気付いたのだ。
「人がいる……」
そう、街道には三人以外にも人が通っているのだ。
三人の後方にも何人かの冒険者らしき集団が見えるし、そのさらに遥か後方には数台の馬車を組んだ大勢の人々が見える。おそらくは商人なのだろう。
三人が向かっているエースライン帝国は巨大な国だ。人の行き来も他国以上に多いのは当然だ。アイヤール王国側の国境の宿屋が大きく、宿泊客が多かったのはそのためだったのだと、カリンは改めて気付いた。
それに思い返せば、今朝から街道をいくつかの集団とすれ違っている。向こうはエースライン帝国から来たことは明白だ。
ということは、つまり。
「山脈の峠には宿泊できる場所があるっていうこと?」
カリンの問いに、星華は軽く頷いた。
「星華さん、ありがとう!」
無口で感情を表すことがない星華だが、一緒に旅をするようになってから星華がとても優しい女性だとカリンは充分すぎるほど分かっていた。
それに比べて、あの男は。
まだ笑い声を上げているシャスターに、馬を全速で走らせたカリンが追いついたかと思うと、そのまま片足で上げてシャスターの尻を蹴った。
「痛っ!」
シャスターが痛みで馬の鞍から飛び上がる。
それを横目で見ながら、カリンは衝動を抑えきれなかったことへの未熟さに反省しながらも、スカッとした気持ちになっていた。
さらに進むこと数時間。
山道を進んでいた三人の左側には、沈みかけている太陽が見えていた。
とは言っても、地平線に消えてゆくわけではない。ゲンマーク山脈の尾根に太陽が隠れようとしているのだ。実際に太陽が沈んで闇夜になるのは、まだまだ先だろう。
三人はちょうど峠の最高峰に差し掛かっていた。上り坂もここまでだ。
「わぁ、キレイ!」
後ろを振り向いたカリンは思わず叫んだ。
視界が開けて、遠く眼下には先ほど通ってきた街道、そしてアイヤール王国の町や村が見えたからだ。まるで小さなオモチャのように見える町や村にカリンは感嘆した。
しかし、驚くのはまだ早かった。
「エースライン帝国に着いたよ」
「えっ!?」
前を向き直したカリンは、エースライン帝国側の眼下に広がる光景を見た瞬間、驚愕して馬から落ちそうになる。
「今夜はここに泊まるから」
シャスターは当たり前のように話すが、カリンは目の前の光景を見ながら「分かった」とは答えられなかった。
口をポカーンと開けたまま、しばらくの間その光景から目が離せないでいたからだ。
そんなカリンがやっと声を出す。
「こ、こんなの……宿泊する場所じゃ……ない」
そう。そこは、ただの宿泊場所ではなかった。
村でもないし町でもない。
もっともっと大きな場所……。
まるで一つの都市、いや都市と呼ぶことさえ無理がある。
なぜなら、レーシング王国やアイヤール王国の王都よりも大きい。
そんな巨大な都市が眼下に広がっていたからだ。
皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!
誤字報告をしてくださった方
報告して頂き、ありがとうございました。
そして、誤字に気付かずに申し訳ありませんでした。
本当にありがとうございました。
これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!




