第六十一話 慌ただしい皇女
エルシーネは頭をかかえた。
(シャスターくんだけじゃなく、この子もそっち方面に関しては鈍感過ぎるタイプか……)
自らシャスターへの気持ちを公言していることを少女自身が気付いていないのだ。
そして公言された少年も気付いていない。
最悪だ。
でも、だからこそ面白い。
「合格」
「……えっ!?」
カリンはエルシーネの言葉の意味が分からない。
ため息をつかれて頭をかかえた後に、合格とはどういうことだろう。
「ごめんね、カリンさん」
「えっ!? あ、はい……」
「実はあなたを試させてもらったの」
エルシーネは軽く頭を下げた。
「あなたがシャスターくんと旅をしている本当の理由を知りたかったの。もちろん、氷の棺の彼女を助けたいのが目的だとは知っている。でもそれだけなら、あなたが先ほど話したようにシャスターくんに任せるのが一番簡単な方法なのに、何故あなたは自分自身で旅に加わったのか、その理由が知りたかったの」
エルシーネの真意が分かって、カリンは赤くなってしまった。自分勝手なワガママで旅をしていると知られてしまい、自分がみっともないと思ったからだ。
そんなカリンの心内を読んだかのように、エルシーネは微笑んだ。
「自分を卑下することなんてないわ。あなたの素直で実直な性格、私は好きよ」
「そ、そんな、もったいないお言葉を……」
エースライン帝国の皇女に褒められたのだ。光栄なことに違いないのだが、カリンとしては喜びよりも、畏れ多い気持ちの方がはるかに勝っていた。
「それに、あなたを私のもとに置きたい気持ちは本気よ。あなたを優秀な政務官にしたかったけど」
一旦言葉を止めたエルシーネはもう一度笑った。
「カリンちゃんはシャスターくんと一緒にいた方が成長できるかもね」
いつの間にか、勝手に「ちゃん」付けで呼ばれている。
それだけエルシーネはカリンのことを気に入ったのだ。
「あ、ありがとうございます!」
「気にしないで。これからもその真っ直ぐな性格のせいで命の危機にさらされることもあると思うけど、その時はシャスターくんに守ってもらいなさい」
「はい!」
カリンは何度も頭を下げた。
大陸広しといえども、七大雄国の皇女の誘いを断る町娘などいるはずがない。
しかし、カリンは違った。損得勘定ではない、自分の気持ちに正直で強い意志を持ったカリンは必ず大きく成長するだろう。
エルシーネはシャスターに向けて落ち込んだ表情を見せた。
「あーあ……スカウト、失敗しちゃった。どうしようか? シャスターくん」
「俺に聞くことじゃないと思うけど」
「少しぐらい慰めてよ」
少し口を膨らませて拗ねた表情を見せた皇女だったが、少年は軽くあしらう。
「やるべき事は終わったんだから、そろそろ帰れば?」
「あいわらず冷たい。でも、まぁ……そうよね」
エルシーネは恐縮したままのマイトラに声を掛ける。
「ハルテ王子の取り巻き達も、今頃はペガサス副騎士団長指示の下、全員帝都に連行されているでしょう。これでレーテル国王への反対勢力は一掃されたはずです」
「エルシーネ皇女殿下のご配慮、感謝の言葉もございません」
「感謝はいりませんから、早く国力を回復してください。分かりましたか?」
「ははっ!」
マイトラとゼームスは頭を深く下げて感謝の意を伝えた。
しかし、二人はエルシーネの言葉の本当の意味を知らない。知っているのは、アイヤール王国ではレーテル国王とフォーゲンだけだ。むろん、すぐにレーテル国王から知らされることになるだろうが、その時改めてエルシーネの行動に感謝することになるだろう。
「それじゃ、今度こそ、またね。シャスターくん、カリンちゃん、それに……」
エルシーネはシャスターの影に視線を向ける。
「星華さん」
そのまま慌ただしくエルシーネは飛び去って行った。
残された五人のうち、二人は頭を下げ、一人は大きく手を振り、一人は無表情のまま上空を見上げていた。そして、最後の一人は小さなため息を吐くと近くのソファーに横になった。
皆にとって慌ただしい一日がやっと終わったのだ。




