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第六十話 本当の気持ち

 カリンは大きく深呼吸をすると、エルシーネに視線を向けた。


「申し訳ありませんが、お断りします」


 カリンは深く頭を下げた。

 信じられないことに、カリンはエルシーネの誘いを断ったのだ。


「どうしてかしら?」


 エルシーネは笑顔を崩していない。

 しかし、意外過ぎる返答に内心穏やかではないだろう。

 恐縮しながらも、カリンは頭を上げてエルシーネをしっかりと見つめながら答えた。


「私はシャスターに命を助けられました。そして、今は大切な人を助けるために、どうしてもシャスターとの旅が必要なのです」


「氷の棺の彼女のこと?」


「はい」


 カリンは大きく頷いた。

 しかし、頷きながらも不思議に思う。なぜ、帝国の皇女がフローレのことを知っているのか。

 二日前のエルシーネとの別れの際にも、確かエルシーネはシャスターに同じことを話していたはずだ。

 氷の棺の彼女を助けるために、エースライン帝国に来るようにと。


「エースライン帝国の情報網はズバ抜けて高いからね。特に衛星国(サテラス)出来事なら、ほぼ即時に情報収集できているはずだ」


 カリンの表情を読み取って答えたのはシャスターだった。



 そもそも、エルシーネが最初に戦場に現れたのも、シャスターとヴァルレインが戦い終わった直後だった。

 今思えば、エルシーネは最も効果的な現れ方、絶妙なタイミングを図っていたのだろう。


「当然、ここに現れたのも全て計算済みなのさ」


 シャスターが嫌味っぽく説明したが、エルシーネは全く気にしないで話を続ける。


「魂眠の解除法だっけ? それなら、エースライン帝国には優秀な神官や学者が大勢いるわ。フローレさんを元に戻すことは可能なはずよ」


「そうなのですか!」


 カリンは驚きの声を上げた。

 元々、シャスターとカリンはエースライン帝国に向かっていた。七大雄国(セフティマ・グラン)であるエースライン帝国ならば、「魂眠」を治す方法が見つかる可能性が高いと思ったからだ。

 その帝国の皇女様が「魂眠」を治すことが可能だと、カリンに断言しているのだ。


「だから、もう旅なんてする必要はないのよ。安心して私の元へ来なさい」


 エルシーネの提案は非常に魅力的なものだった。

 フローレも助かり、カリン自身も大きな幸せを手に入れることができるのだ。断る理由なんてない。


 しかし……。



「やはり、お断りします。エルシーネ皇女殿下、せっかくのお誘いをお断りする無礼をお許しください」


 カリンの口調は丁寧だったが、そこには強い意思が感じられた。


「何が不服かしら?」


「不服なんて、とんでもありません!」


 カリンは慌てて頭を横に振った。


「それじゃ、断る理由はなに?」


 エルシーネの質問に、カリンは暫し考えた後に答えた。



「私はただの町娘です。そして、一生町で暮らしていくのが当然だと何も疑うことなく過ごしてきました。しかし、シャスターが現れてから、私の生き方は大きく変わりました」


 シャスターは最初に現れた時から破天荒だった。

 フェルドの町を守ってくれたと思ったら敵に志願するし、敵として現れたと思ったら幻の炎で町を守ってくれた。

 後から聞いた話では、なんと騎士団長にまでなったらしい。それだけでも驚きなのだが、その後に主君であったデニムを裏切り、追われていたラウスを逃し、最後にはオイト国王さえも倒してしまったのだ。



「まさにシャスターは、レーシング王国を救ってくれた英雄です」


 そんなシャスターと比べて自分を顧みた時、カリンは情けなく感じてしまったのだ。

 毎日同じ時間に起きて、同じ作業をして、同じ時間に寝る……それは町人としては当然のことであったし、それを否定する気は全くない。

 それに、自分とシャスターを同じ基準で比べること自体、おこがましいし馬鹿げていることは充分に承知している。

 しかし、自分の意思で能動的に生きている人間と間近で接したことによって、カリンは本来の自分の気持ちに気付かされたのだ。



「その時に思ってしまったのです。私は受け身の生き方では駄目だと」


 受け身が悪いわけではない。

 ただ、カリンの性分ではないのだ。


 だからこそ、魂眠を治す方法はシャスターに任せて、レーシング王国で待つようにと言われた時、カリンは反対してシャスターについて行くことにしたのだ。

 シャスターが戻ってくるのを待っているだけの受け身が嫌だったからだ。

 無論、ついていけば自分が足手まといになることは分かっている。自分勝手なワガママなことは承知している。

 しかし、それでもシャスターについて行きたかったのだ。


「シャスターと一緒にいると、自分のいろいろなことに気付かされるんです。正直、良いところよりも悪いところに気付くことが多くてヘコんでばかりですが、それでもシャスターとの旅は、新しい発見は、私にとってとても楽しいものなのです」


「……」


「だから、私はこれからもシャスターと一緒に旅をしたいと思っています!」


「はぁ……」


 カリンの真剣な眼差しに、エルシーネは小さなため息をついた。


「あなた、それってもう……」


 エルシーネは再びカリンの顔を見た。続けてシャスターに振り向く。

 そしてもう一度大きなため息をついた。



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