第五十九話 早い再会
声の主はカリンの主張に感銘を受けている様子だ。
しかし、姿は見えない。マイトラやゼームスも周囲を見渡して声の主を探しているが、見当たらない。
「だ、だれなの?」
カリンが大声で尋ねる。
すると天井付近の大窓が開き、白い動物が翼を広げながら降りてきた。
「ペガサス!」
大きな羽を生やした真っ白なペガサスが舞い降りて来たのだ。
そして、もちろんその背中には。
「エルシーネ皇女殿下!」
その瞬間、マイトラ、ゼームス、そして貴族たち全員がひざまずいた。カリンは呆気に取られていたが、慌てて床に膝を折る。
唯一、シャスターが立ったまま面倒くさそうにエルシーネを見つめている。
「思ったよりも早い再開だね。シャスターくん」
「白々しい……あの手紙からここまでの展開、どうせ全て計画通りのくせに」
「ん、何か言った?」
ブスッとしているシャスターを無視して、エルシーネはコホンと咳払いすると、真面目な表情で周囲を見渡した。
「シャスター・イオ殿が、ここにいる者たちを殺す必要はありません」
エルシーネの言葉はブレガ陣営の貴族たちにとって慈悲の女神の声のように聞こえた。
しかし、それは一瞬のことで、彼らはすぐに地獄に突き落とされてしまうことになる。
「第一王妃をはじめブレガ王子に与した貴族たちを帝都に連行します」
それはつまり、帝国で囚人となるということを意味していた。
貴族たちの間から落胆の声や悲痛の叫びが聞こえてくる。
しかし、誰もエルシーネに意義を唱えようとはしない。いや、できないのだ。それほどまでにエースライン帝国の皇女の言葉は絶対だった。
さらにエルシーネの命令に合わせたかのように、天窓から何頭ものペガサスに乗った騎士たちが降りてくる。
ペガサス騎士団だ。
騎士たちは次々と貴族たちを連行していった。
しかし、そんな光景には目もくれず、エルシーネは真っ先にカリンの元に来ると、強く両手を握る。
「あなたの主張、素晴らしかったわ! この国の未来をしっかりと考えている、長い視野に立った発言に私は感銘を受けました!」
いきなり両手を握られてカリンは驚いた。
「あ、ありがとうございます」
「あなた、見込みがあるわ! シャスターくんじゃなくて私の部下にならない?」
「はい!?」
あまりにも突然の衝撃的な発言に、カリンは失礼にもため口で聞き返してしまった。
「あっ、す、すいません! すいません……」
「いいのよ」
エルシーネは笑って気にも留めていない。さらにカリンに一歩近づき話しかける。
「ほら、シャスターくんって、けっこう変わり者じゃない? 性格はひねくれているし、図々しいし、正義の味方というよりは悪の黒幕だし。あなたも大変な思いをしてきたでしょ?」
「……本人を目の前にして、言うことじゃないと思うけど」
シャスターの呆れた視線を無視して、エルシーネはシャスターにも笑いかけた。
「シャスターくんもいいでしょ? 彼女、才能があるわ」
ここでいう才能とは、力の強さや頭の良さの類いのことではない。
エルシーネは価値観や物事の見方、道徳心のことを言っているのだ。政治力という言葉が一番近いかもしれない。
もちろん、カリンの主張は単なる理想論だ。政治は時として冷酷な選択をすることもある。しかし、その時に理想論が土台にあるのとないのとでは全く意味合いが違ってくるのだ。理想論がなければ、それは独裁政治や恐怖政治でしかない。
「カリンの好きにすればいいよ」
シャスターも分かっていた。
自分と一緒にいるよりエルシーネといる方が、カリンにとって有益だと。
カリンは今までもシャスターが感嘆するほどの鋭い指摘をしてきたことがあった。それは熟考したものではなく、とっさに出た言葉だった。
先ほどの主張だって、レーテルを想うあまり、考えもせずに出た言葉に過ぎない。
でも、それこそが重要なのだ。
とっさに出た言葉だからこそ、カリン自身の感性であり直感力でもあるのだ。そして、こればかりは元々の資質であり、後から教養で身につくものではない。
とはいえ、カリンのそれはまだつぼみでしかない。
今回のような自分の気持ちに大きな起伏があるときだけに出てくる程度だ。しかし、エルシーネのもとにいれば、すぐに才能を開花させることができるだろう。
だから、カリン自身が決めればいいのだ。
「シャスターくんの許可がもらえたところで、もう一度言うけど、私の部下にならない?」
エルシーネは右手を差し出した。カリンがその手を握れば成立だ。
そうなれば、カリンは今後何不自由なく生きていくことができるのだ。エルシーネの下で才能を開花させ、富と名声を手に入れられるだろう。
ただの町娘だったカリンが、王族のような高い身分になれるのだ。
それは千載一遇のチャンスだった。




