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第五十八話 イオという名の重さ

 シャスターはマイトラにさらに提案する。


「あるいは、将来の禍根を残さないために、俺がレーテル国王の許可なく勝手に貴族たちを殺してしまった、ということにしたらどう? そっちの方が良いかもね」


「いえ、それはいけません! そんなことをしたら、シャスター様やイオ魔法学院のお名前に傷が……」


 マイトラは大きく首を横に振った。

 レーテル国王の名を守るためにシャスターの名を傷付けることなど、あってはならないことだからだ。

 しかし、シャスターは全く気にしていない。


「この程度で傷が付くほど、イオの名は軽いものじゃないから」


 その言葉を聞いた瞬間マイトラは背筋がゾクっとした。

 決して凄みのある言葉ではない。自信を持った言葉でさえもない。しかし、淡々と事実を述べた言葉は彼らを畏怖させるのには充分過ぎるものだった。



「五芒星の後継者」のひとり。伝説のイオ魔法学院の後継者。

 アイヤール王国など、簡単に滅ぼせてしまうほどの実力を持った魔法使い(ウィザード)

 そして、仮にアイヤール王国を滅ぼしたとしても、誰も非難することは出来ない。非難されることもない。

 それだけの地位と特権と実力を兼ね備えた人物。


 それがシャスター・イオなのだ。


 それに比べたら、目の前の貴族たちを殺したところで、確かに小さな傷一つ付くことさえないだろう。

 マイトラは「五芒星の後継者」の凄さをほんの少し垣間見た感覚に襲われた。



「……宜しくお願い致します」


 マイトラは深く頭を下げた。

 シャスターの魔法で貴族たちを殺してもらう、それが最良だと思ったからだ。


 貴族たちは蛇に睨まれた蛙のように動けないでいた。王妃などは失神寸前だ。

 彼らはシャスターのことを「偽者」だと思っていたのだが、静かに燃える炎のような瞳と、淡々とした少年の言葉を聞いて、本物だと認めざるを得なかった。


 本物のイオ魔法学院の後継者が、自分たちを殺そうとしているのだ。それは、死刑宣告をされたことと同じことを意味する。

「五芒星の後継者」の決めたことには、誰も逆らうことができないからだ。



「それじゃ、さよなら」


 シャスターが手のひらを貴族たちに向ける。


 その時だった。



「待って!」


 突然、カリンがシャスターと貴族たちの間に割り込んできた。


「カリン?」


 驚くシャスターにカリンは言葉を続けた。


「この人たちを殺すことはやめようよ」


「……アイヤール王国のためだけど」


「分かっているわ。でも、それでもやっぱり駄目!」


 カリンの言葉には論理性がない。しかし彼女の顔は真剣そのものだった。


「レーテル国王が悔いを残すようなことをしちゃいけないよ」


「将来に残る面倒な問題が解決するためにやるんだ。レーテル国王は感謝すると思うよ」


 その通りだ。

 このまま生かしておいたら、この貴族たちがいつ反乱を起こすか分からない。シャスターの言っていることの方が筋は通っている。

 しかし、それでもカリンは絶対に殺しては駄目だと思っていた。



「もちろん、レーテル国王はシャスターに感謝すると思う。でもね、レーテル国王がこれから長い治世を続けていく間、いつか必ず後悔する日が来ると思うの」


「カリン……」


「シャスターが殺すのだから、レーテル国王には直接関係ないかもしれない。でも、それって本当にレーテル国王が望んでいることなの?」


「……」


「私は違うと思う。レーテル国王は武器を持たない丸腰の人間を殺すことはしない。たとえ、それが敵であっても。レーテル国王がつくろうとしている国は、誰もが嘘偽りなく幸せに暮らしていける国だと思う。だからこそ、王国の礎となるこの時に、彼女の理想を裏切るようなことをしてはいけないの」



「よく言いました!」


 突然、どこからともなく凛とした張りのある声が聞こえてきた。



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