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第五十七話 残酷な提案

「それで、その貴族たちってどこにいるの?」


 マイトラとゼームスに連れられてシャスターは城の奥に進んだ。


「ここです」


 ゼームスが警備兵に扉を開かせる。

 中は大きな広間となっていて、大勢の貴族たちが食事と談笑を楽しんでいた。

 いくつかの部屋に分けて軟禁状態にしているとのことだったが、貴族たちは部屋から出てこの広間に集まっている様子だった。

 ここまで自由な状態を軟禁と呼ぶのか、(はなは)だ怪しかったが、中隊長のゼームスとしては貴族たちに対してここまでが限界だったのだろう。



「おぉ。これは、これは」


 酔いながら、ひとりの貴族が近づいてくる。


「たしか、マイトラ大隊長だったな。貴公が来たということは、ブレガ様が勝利したのだろう?」


「……」


「それなのに、そこにいる何とかという中隊長が『レーテル様が国王になりました』と抜かしおって、我らをこんな所に閉じ込めたのだ。こんな屈辱、到底許されるはずがない。早くそいつを処刑してくれ!」


「本当です」


「……ん、何か言ったか?」


「ゼームス中隊長が話したことは全て本当です」


 その瞬間、騒いでいた貴族たちのざわめきが消えた。皆、敵意を持った視線でマイトラを睨み付けている。


「嘘じゃ!」


 女性が叫びながら近付いてきた。


「我が息子、ブレガが負けるはずがない。お前は嘘をついておる!」


 その女性は前国王の第一王妃だった。

 第一王妃はマイトラの胸ぐらを掴む。しかし、マイトラは気にすることもなく淡々と話を続ける。


「昨日、ゼームス中隊長が話した通りです。国王陛下の正式な遺言書が見つかり、レーテル様が国王となられるのです」


「嘘じゃ、嘘じゃ、嘘じゃ!」


 第一王妃は叫び散らした。


「エースライン帝国が我が国を傀儡にしたいがための嘘に違いない。それに伝説の魔法学院の後継者だと? そんな何処の馬の骨かも分からぬ者の言うことを信じろとは、馬鹿馬鹿しい限りじゃ!」


 第一王妃の後ろから賛同する声がいくつも上がった。


「信じるか信じないかの問題ではありません。王妃には事実を受け入れて頂きたいのです」


「だから、受け入れぬ! 嫌なら今すぐ我らを殺せばいいだろう?」


 第一王妃はほくそ笑んだ。マイトラとしては痛いところを突かれたからだ。

 確かに、武器も持っていない数十名の貴族を殺すのは簡単だ。しかし、新しい国王が即位に際して反対派の多くの貴族たちが処刑された、という風評は免れなくなる。

 慈悲深きレーテル国王にそのような悪い噂が立つことは、マイトラとしては絶対に避けねばならない。


 それを分かっているからこそ、第一王妃は強気なのだ。マイトラとしては困ってしまった。

 そして、そんな困っているマイトラを見てニヤけている人物がいる。


 シャスターだ。


 面倒くさいことを強制的に引き受けされたのだ。

 その依頼者が少しぐらい困っているところを見ていてもバチは当たらないと思ったのだ。

 しかし、そんなシャスターの内心を察知したカリンが、思いっきりシャスターの尻を蹴り上げる。


「痛っ!」


 思わず小さな声を上げてしまったシャスターは加害者に文句を言おうと振り向いたが、逆に睨み返されてしまった。

 バチが当たってしまったのだ。



「シャスター様……」


 マイトラが目で訴えかけてくる。

 もう少し困らせてやろうと思っていたが、カリンが本気で怒っているのでとりあえず口を開く。


「マイトラの好きにすれば?」


「誰だ、貴様は?」


 ひとりの貴族がシャスターを睨みつける。

 旅人風情の場違いな少年が貴族たちが集まっている場にいること自体不遜なのに、話に割り込んでくるとは到底許し難いと思ったのだ。


「マイトラ大隊長、このガキを摘み出せ!」


 しかし、逆にマイトラがその貴族を睨みつけた。


「失礼なことを言わないで頂きたい! このお方こそ、伝説のイオ魔法学院の後継者、シャスター・イオ様ですぞ!」


「なっ!?」


 貴族は言葉に詰まった。

 しかし、すぐに別の貴族たちが声を上げる。


「嘘をつくな! イオ魔法学院の後継者がこんな見すぼらしい姿のガキのはずがなかろう」


「そうだ! 我々を騙そうとして、その辺のガキを連れてくるとは。貴様はそれでも大隊長か!」



 酷い言われようだが、実際にシャスターの姿は何処にでもいる旅人の姿だ。見た目だけなら、貴族たちの言い分の方が正しい。

 だから、シャスターは貴族たちに反論もせずにマイトラに提案した。


「殺せばいい、と本人が言っているから殺しちゃえば?」


「し、しかし……」


 それができないから苦労しているのだ。マイトラは続く声を飲み込んだが、そんなことを気にするシャスターではなかった。


「全員が自害しました、っていうことにすればいいだけだ。そうすれば、レーテル国王に傷はつかない」


 残忍なシャスターの提案を聞いて、青ざめたのは貴族たちだった。


「そ、そんな破廉恥極まりないことが許されるはずがない!」


 貴族が叫んだが、シャスターは意に介しない。


「勝者の特権の一つは、事実を勝者の都合の良いようにねじ曲げることが出来ることだよ」


「うっ……」


 貴族は言い返すことが出来なかった。その通りだからだ。


「だから、さっさと殺してしまおうよ」


「しかし……」


 マイトラが心の底から困った顔をしている。

 シャスターの意見は分かるが、マイトラとしてもすぐに「はい」と言える内容ではないからだ。

 そんなマイトラを見て、シャスターは意地悪く笑った。


「こんな奴ら、生きていても、今後のアイヤール王国の邪魔になるだけだ。早く殺した方がいいよ」


 シャスターの瞳が残忍そうに輝いた。


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