第五十六話 シャスターの後悔
「シャ、シャスター様! こ、これを預かっております」
伝説の「五芒星の後継者」に声を掛けることに緊張して震えながら、ゼームス中隊長は一通の封筒を差し出した。
上質な封筒には蝋で紋章が押してある。
「こ、これは!?」
驚いたのはマイトラだった。
その紋章には見覚えがあるからだ。前脚で宝玉を掴んでいる双頭の鷲の紋章。
「エースライン帝国の紋章!」
「実は昨夜ロストンを占領した直後、エースライン帝国のエルシーネ皇女殿下が突然現れまして」
それは本当に突然だった。
占拠後、部下たちに指示を出していたゼームス中隊長のもとに、空から突然エルシーネがペガサスに跨って降りてきたのだ。
驚きのあまり立ち尽くすゼームスに対して、エルシーネは「シャスターくんが来たらこれ渡しといて」と一通の手紙を残し、再び空へ消えて行ってしまった。
何が起きたのか理解出来ず、しばらくの間唖然としていたゼームスは我に帰ると慌てて手紙をしまい、シャスターが現れるまで片時も離さずに持っていたのだ。
ゼームスの顔があまり明るくなかったのは、貴族の反対のためではなく、皇女殿下の手紙を預かるという重大な責務を負っていたためだった。
そんなゼームスの心情を察したシャスターとしては、受け取らない訳にはいかない。
嫌そうにしぶしぶ受け取ったシャスターは、手紙を開けるのも面倒そうだった。もしも、マイトラとゼームスがこの場にいなかったら、そのまま破って捨てていただろう。書かれている内容がなんとなく分かっているからだ。
「はぁ……、カリン読んで」
「えっ、いいの?」
受け取ったカリンは手紙を取り出して広げた。
「それじゃ、読むね。『親愛なるシャスターくんへ。シャスターくんのやるべき事は分かっているわよね? レーテル新国王を指名した後見人なのだから、最後までしっかりと責任を持つこと。それじゃ、エースライン帝国で会いましょう! 貴方の大好きなエルシーネより』……だって」
「カリン、その手紙を破り捨てて」
ある程度書いてある内容は分かっていたとはいえ、シャスターはその内容に目眩を覚えた。
アイヤール王国がエースライン帝国の衛星国ならば、アイヤール王国が正常に戻るまでエースライン帝国がしっかり監視するべきだし、エルシーネがその任務を任されてアイヤール王国に来たはずだ。
しかし、シャスターという適任者がいることを知ったエルシーネが丸投げしたのだ。
とんだ皇女だ。
それに、エルシーネが現れたことに気付いた途端、すぐさまどこかへ逃げてしまったシーリス魔法学院の後継者、ヴァルレインだって責任を負うべきなのだ。逃げている分、エルシーネよりもたちが悪い。
ヴァルレインに怒りを覚えたシャスターだったが、ヴァルレインはエルシーネが現れた時点でこうなることを予想していたのだ。だからこそ、さっさと消えたのだろう。
そういう意味ではヴァルレインの方がシャスターよりも上手だった。
「何を言っても後の祭りか……」
肩を落としたシャスターはマイトラとゼームスに死んだ魚のような目を向けてため息をついた。




