第五十五話 第二都市ロストン
翌朝、シャスターたちは朝食をとり身支度をして宿屋を出た。
すると、すでに兵士たちは町の外で待機していた。しかも昨日よりも人数が増えている。
「おはようございます!」
シャスターの前に現れたマイトラは、昨夜のうちに合流した兵士たちが加わったためと話してくれた。これで旧ブレガ軍ほぼ全てとなった。
「ここから先は、騎士たちだけで先を急ぐことに致します」
マイトラの説明では、旧ブレガ軍の兵士は馬に乗る騎士たちと歩兵たちの混合軍とのことだった。
そこで、機動性が高い騎士たち三千騎のみでブレガ陣営の拠点都市だったアイヤール王国第二の都市ロストンに先に向かい、歩兵部隊は周辺の町や村を順次制圧していくことにしたのだ。
「町や村を制圧と言っても、戦うことにはなりません。住民たちにレーテル様が新国王になられたことを知らせれば、皆喜びましょう」
カリンは、マイトラが「民に慕われていたレーテルが新国王になれば、民にとってこれほどの幸せはない」とレーテルの前で話していたことを思い出した。
レーテルの人徳がなせることなのだろう。
シャスター、カリン、そしてシャスターの影に潜んでいる星華はマイトラたち三千騎と一緒に街道を進んだ。
騎士たちだけだったので、昨日よりも進むスピードは速い。そのまま順調に街道を進み、日暮れになる前に街道沿いの町に着いた。
今回もシャスターたちのためだけにマイトラは一つの宿屋を貸切にしてくれた。マイトラに感謝をしつつ、その夜もゆっくりと部屋で休むことができた。
そして、翌朝。
「今日の午後には拠点都市ロストンに到着する予定です。それでは出発しましょう。全軍前進!」
マイトラの掛け声と共に騎士の大軍が動き出す。
シャスターたちは全軍の前方付近にいるマイトラの横で馬を進めていた。
拠点都市であるロストンに近付いているせいか、途中何度もマイトラのもとに伝令兵が来る。その一つひとつをマイトラは素早く指示していく。それだけでマイトラの有能さがうかがえた。
「見えてきました!」
正午に差し掛かる頃、マイトラが声を上げた。
目の前に都市が見えてきた。都市の後方には城も見える。
「あれが、アイヤール王国第二の都市、ロストンです」
それから一時間後、彼らはロストンの防壁前に立っていた。
ブレガが拠点としていただけあって、防壁も高く、大きな都市だ。この中にブレガ陣営の貴族たちが立て篭っているのだろう。
これから三千騎でこの都市に攻め込むのは大変だなと、シャスターは他人事のように呟いたが、隣にいたマイトラが微笑んだ。
「シャスター様、心配はご無用でございます。すでに昨夜のうちに、先発隊がロストンにいる貴族たちを軟禁しております。貴族たちは戦況を知らなかった為、何の抵抗もなく無血開城できました」
やはりマイトラは有能だと確信した。手際の良さを感嘆するしかない。
そのまま三千騎は何の抵抗も受けずにロストンの都市に入っていった。
都市の住民たちは歓迎のムード一色だ。
先発隊から内乱が終わったことと、新しい国王にレーテル姫が即位したことを聞いていた住民たちは、騎士たちが入ってくるなり各所で大盛り上がりとなっていた。
「レーテル新国王ばんざい!」
「アイヤール王国軍の凱旋だ!」
「我々に永遠なる平和を!」
いたる所から住民たちの歓声が上がる。その祝福に包まれながら、マイトラは馬を進めた。
目指す場所は街の奥に隣接している城だ。
マイトラが城に向かう間、すでに同行してきた三千名の騎士たちは中隊長たちの指揮のもと、ロストンの街の治安維持のため各地区の警備に就き始めていた。
ブレガ陣営の支持者が潜んでいることを想定してだ。どこまでも手抜かりのないマイトラだった。
マイトラの後をシャスターたちもついて行く。
しばらくして街を抜けて城門をくぐったところで、マイトラは馬を止めた。ここからは歩きだ。
城の中では多くの騎士たちが慌ただしく走り回っている。先発隊の騎士たちだろう。
そんな中、ひとりの騎士がマイトラの前に現れた。
「マイトラ大隊長、貴族たちはいくつかの部屋に分けて軟禁しております」
「ご苦労だった、ゼームス中隊長」
マイトラは先発隊を任せていたゼームス中隊長を労った。
しかし、ゼームス中隊長の顔はあまり明るくない。なぜなら完全に成功した訳ではなかったからだ。
ロストンの城を拠点としていたブレガを支持する貴族たちは、突然現れたゼームス中隊長率いる部隊に驚き、驚きが冷める前に軟禁されてしまったのだ。
その後ゼームスが軟禁された者たちに事の顛末を話したが、ブレガの母親である王妃をはじめ誰もがゼームスの言葉を信じなかったのだ。
「『そんな突拍子もない話、誰が信じるものか!』と、頑なになっておいでです」
「そうか」
ゼームスからの報告を聞いてマイトラは内心で苦笑した。
王妃の気持ちも分からなくはないからだ。
伝説と謳われる「五芒星の後継者」が二人も現れ、さらにエースライン帝国の皇女殿下までもが現れて、レーテル姫を国王に推したのだ。そんな都合の良い話、マイトラでも実際に見ていなければ信じなかっただろう。
だからこそ、その状況を見ていない貴族たちを納得させることは困難であった。
マイトラは難しい直面に当たってしまった。
だが、ちょうどここにその中心人物であったイオ魔法学院の後継者様がいる。
これはまさに天の計らいに違いないと、マイトラが思うのは無理もないことだった。
「シャスター様、お願いが……」
「さぁて、俺たちはエースライン帝国に向かおうか。カリン」
シャスターはマイトラの懇願を遮って回れ右をして歩き出そうとした。
彼としては、貴族たちを納得させるなど面倒なことに関わりたくないからだ。
「シャ、シャスター様!」
しかし、そんなシャスターの後ろ姿に声を掛けたのは、マイトラではなく、中隊長のゼームスだった。




