第五十三話 新国王の歩み
話は十五年前に遡る。
当時、宰相をしていたフォーゲンの元に慌ただしく急報がもたらされた。
その内容は、フェルノン山脈から約一万匹のゴブリンの大軍が闇夜に紛れてアイヤール王国を襲ってきたというものだった。
さらに、フェルノン山脈の麓付近の町や村は破壊され、田畑は荒らされ、人々は無惨に殺されているという報告が続々と届く。
「私は奇襲の第一報を受けた時、とても驚きました。なぜなら一万匹ものゴブリンが現れたことと、しかも組織だって動いているという報告が信じられなかったのです」
ゴブリンとは小さな人型の魔物で、外見は緑色の肌をした醜悪な容姿であり、知能は低く性格は凶暴だ。
フェルノン山脈にはゴブリンたちが生息していて、これまでも麓近隣の村々が襲われることは度々あった。しかし、その時は多くてもせいぜい十数匹の群れだったのだ。
ゴブリンは小さな群れで暮らしている。そして縄張り意識が強いため、群れ同士が連携することはほとんどない。だから一度に襲ってくる数も限られていたし、すぐに討伐隊を組んで殲滅することができていた。
しかし、一万匹ものゴブリンということは、数百の群れが連携しているということだ。群れ同士で連携をしないはずのゴブリンが連携、しかも数百の群れが連携などあろうはずがない。
フォーゲンとっては信じられない状況だった。
「すぐさまフェルノン山脈付近に駐屯している兵士三千人を向かわせましたが、全滅してしまいました。あり得ないことに、ゴブリンたちはまるで軍隊のように規則正しい動きをしていたのです。となれば、一万対三千、ゴブリンたちに数の差で敵うはずがなかったのです」
フォーゲンは悔しそうに表情を曇らす。ゴブリンへの固定概念のせいで采配を誤り、多くの騎士を殺してしまった。その後悔が今もずっと心に残っているのだ。
それから、ゴブリンとの凄惨な戦いが始まった。
人間とゴブリンでは、個々の身体能力はゴブリンの方が上だ。アイヤール王国の兵士たちは訓練をしているとはいえ、それでもゴブリンの方が戦闘力では上回っていた。
しかも、アイヤール王国に侵入してきたゴブリンたちは陣形を変えながら高度な戦術までも繰り出してきた。
身体能力で勝るゴブリンが、戦術を駆使して戦いを仕掛けてくる。アイヤール王国軍が敵うはずもなかった。
アイヤール王国軍は敗戦を重ね、それに合わせてゴブリンの大群は進軍を続けていき、ついには王都手前までゴブリンが侵攻してきた。まさにその時だった。
「エースライン帝国の援軍が助けに来てくれたのです」
エースライン帝国からの援軍は電光石火の動きだった。
王都を包囲しようとしているゴブリンのさらにその後方を素早く包囲をし、城壁に向けてゴブリンを追い詰めていく。
後方には騎士部隊、前方には城壁の上から弓箭部隊に挟まれる形で逃げ場を失ったゴブリンたちは総崩れ状態になった。
今までの苦戦が嘘のように、次々とゴブリンたちが倒されていく。
そして、ついにゴブリンは全滅したのだった。
「エースライン帝国のおかげで助かることができました。しかし、本当に大変だったのは、その後でした」
ゴブリンの襲来で大きな打撃を受けたアイヤール王国は、国力を元に戻すのにそれから数年も掛かったのだ。
一週間ほどの戦争だったが、その間に何万という多くの人民の命が消えた。
まさにアイヤール王国の人々にとって忘れることができない悪夢のような出来事だった。
だが、そんな悪夢が再び起きようとしているのだ。
レーテルとフォーゲンの顔から血の気が引いたのは当然だった。
「フォーゲン!」
「何でございましょうか? 国王陛下」
「あなたを宰相に任じます。そして他の人事権も全て任せます。至急アイヤール王国を立て直す陣営を作ってください」
「かしこまりました」
フォーゲンはその場から立ち去った。すぐ準備に取り掛かるためだ。
残ったのは、レーテル、シャスター、カリン、そして星華だけとなった。
アイヤール王国の窮状を知ってしまったカリンは、先ほどまでとは正反対に、もうしばらくここに留まりたい気持ちが強くなる。レーテルたちの力に少しでもなりたいと思ったからだ。
しかし、自分がいたところでアイヤール王国の再建には役に立たないことも良く分かっていた。
「それじゃ、俺たちもそろそろ行こうか」
シャスターは馬に乗った。慌ててカリンも馬に乗る。
「本当に申し訳ございません」
レーテルは深く頭を下げた。
国を救ってくれた大恩人をそのまま行かせてしまうことが、どれほど礼を欠いているのか分かっているつもりだ。しかし、分かりながらもゆっくりしてもらうことができないほど国が危機的状況に直面したのだ。
「レーテル様、必ずまたアイヤール王国へ遊びに来ます」
カリンが笑うと、レーテルもつられて微笑んだ。
「はい! 必ずアイヤール王国に来てください。その時には豊かになったアイヤール王国で、精一杯のおもてなしをさせて頂きますから」
「楽しみにしています!」
「そして、あの……是非ヴァルレイン様もご一緒に」
照れながら話すレーテルはやはりはまだ十二歳の少女だ。
「まぁ、会うことがあれば伝えておきますよ」
シャスターがぶっきらぼうに答える。
「シャスター様、ありがとうございます!」
レーテルの瞳がパッと明るくなった。それを見たカリンは嬉しそうだが、シャスターは微妙な表情になる。
「それじゃ行こうか」
「レーテル様、お元気で!」
「皆様の旅のご武運をお祈りします!」
レーテルの見送りを受けながら、三人は馬を進めた。
次の目的地、エースライン帝国に向かうために。
レーテルは三人が見えなくなるまで手を振り続けた。これが彼女が三人に今できる精一杯のことだったからだ。
国の建て直し、ゴブリン襲来への準備と、やることは山ほどある。しかも大至急しなければならない。
しかし、レーテルは悲観していなかった。重圧よりもアイヤール王国を豊かにする楽しみの方が勝っていたからだ。
そんな思いを胸に抱きながら、三人が見えなくなったことを確認すると、レーテルも馬に乗って王都に向かった。
レーテルの国王としての歩みが始まる。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
ついに、第三章完結……というわけではありません。
もう少し続きますので、お付き合いくださいね。
そして、この回で二百話達成しました!
文字数も55万ほどまで書くことができました。
それもこれも、読んで頂いている皆さまのお陰です。
ありがとうございます!
これからも「五芒星の後継者」は続いていきますので、楽しみにして貰えたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!




