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第二十話 領主からの呪縛  &(登場人物紹介)

 ふわふわの掛け布団は酔って少し体温が上がっている肌に心地よい。シャスターは肌触りを楽しみながら眠りにつき始めた。


 が、掛け布団とは違う感触が背中にくっついてきた。とても柔らかく気持ち良い感触なのだが、明らかに布団ではない。

 寝ぼけながらも何だろうと思い、眠い目を擦りながら寝返りをうったシャスターは、目の前の光景に驚いた。



「うわぁ!」


 思わず声を上げてしまったが、驚くのは無理ない。


 ベッドにはもう一人、全裸の女性が寝ていたのだ。



「あら、起こしてしまったようですね。申し訳ございませんでした」


 その女性はベッドから起き上がると妖艶に笑いながら、ベッドの上で正座をして頭を下げた。


「先ほどは領主様から助けて頂きありがとうございました。私はフローレと申します」


「あ、あぁ……さっきの……」


 ついさっきの出来事であったが、シャスターにとっては些細なことだったので、すっかりこの女性のことを忘れていた。


 しかし、何故この部屋に……。



「お忘れですか? シャスター様は『ゆっくり休んでいいよ』とおっしゃいましたので、先に休んでおりました」


「でも、それは自分の部屋での意味で……」


「シャスター様のものになった私には、ここが私の部屋でございます」


 たしかにその通りだ。この侍女はデニムの元には戻れないのだ。

 シャスターは何も反論できなかった。


「警備の騎士様たちに事情を話しましたら、快く通してくださいました」


 暗殺未遂が起きたばかりなのに、そんなゆるい検査で良いのかと思ったが、騎士たちもデニムの侍女であった女性を無下に調べることはできなかったのだろう。

 それならそれで、自分が部屋に入る時に一言伝えてくれてもいいと思ったが、いまさら言っても仕方がない。


 さらに、そんなことよりも先にシャスターにはこの女性に言わなくてはならないことがあった。



「ふ、服を着てくれないかな。裸のままじゃ寒いでしょ?」


 シャスターは顔を真っ赤にして全裸の女性から目を背けた。


「初夏のこの時期は裸でも寒くはありませんわ。それにこうすれば……」


 フローレはシャスターの背中に抱きついた。フローレの大きな胸が思いっきり当たり、先ほどのベッドの中と同じ感触がシャスターの背中に伝わる。


「わぁぁ!」


 シャスターは思いっきり飛び跳ね、その勢いでベッドから落ちてしまった。いつもの沈着なシャスターとは明らかに違う。


「シャスター様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 心配しそうに顔を覗き込むフローレに頷いた。


「あ、あぁ……大丈夫。そ、それよりも服を着てくれないか」


 二度も言われたら着ないわけにはいかない。フローレは寝着を身につけた。

 それで、少しだけ落ち着いたシャスターはベッドから離れて椅子に座る。


「もしかして、シャスター様は女性に興味がないのですか?」


 フローレもベッドから降りると正面の椅子に座った。


「そんなことはないけど……女性の裸を見たのが初めてだったので驚いただけだ」


「まぁ!」


 フローレは驚いた。

 誰もが目を見張るほどの美少年に女性経験がないことが信じられなかった。

 この少年の年齢は十八、九歳ぐらいだろうか、自分よりも少し年下に見える。確かに、この位の年齢なら経験がない者も多いだろうが。


 それにしても、見栄を張ることもなく、素直に初めて女性の裸を見たから驚いたと言うなんて。

 先ほどの領主との会話からは全く想像できないシャスターを純粋で可愛いなとフローレは微笑んだ。



「シャスター様はとても美しく、またお若いながら地位も名誉も持っておられる身です。これから多くの女性たちからお誘いがあると思います。その時、先ほどのようなことになると、それこそシャスター様の名誉を傷付けかねません」


 フローレは椅子から立ち上がると目の前に立った。


「今日から私は身も心もシャスター様のものです。ですから、女性の身体に慣れておいた方が良いと思います。差し支えなければ、私がお教えいたしましょう」


 フローレの顔が近づいてくる。さすが領主に召し抱えられた侍女だけあって、非常に美しいし、身体も胸が大きいだけでなくスタイルも完璧だった。

 そんな女性が近づいてきたのだ、普通の男性なら我慢できるはずがない。

 しかし、シャスターは近づいてきたフローレの身体を両手で抑えると、すぐに元の椅子に座らせた。



「私はそんなに魅力がない女ですか?」


 女性として認めてもらえなかったことが悲しいのだろう。フローレは目に涙を滲ませながら訴えた。


「あ、いや、そんなことはない。フローレはとても魅力的だと思うよ。でも、急にそんな関係になるよりも、もっとお互いのことをよく知ってからの方が良いと思って……」


 慌ててフローレをなだめながら、シャスターも椅子に座りなおした。


「シャスター様は純愛な気持ち……心と心の繋がりが肉体関係よりも大切だと思っているのですね。とても素敵です!」


 良いように解釈してくれたフローレにシャスターは便乗する。


「うん、だからフローレのことをもっと色々教えて欲しいな」


 上手くまとめることができた。

 よくよく考えると、侍女であったフローレほどデニムについて詳しく知る者はいない。

 せっかくならこの際、フローレのことを聞く振りをしながらデニムのことを聞こうと思った。


「フローレはいつからここにいるの?」


「そうですね……もう二年になります」


 フローレの表情が少し曇った。

 やはり彼女もデニムの命令で無理矢理連れてこられたのだった。


 フローラの話では、五十人ほどいる侍女たちは各町や村から集められた者たちだった。



 フローレが連れて来られたのは十九の時だった。彼女は村長の娘であり、他の村の村長の息子との結婚を控えている身だった。

 父親の村長同士の話し合いで決められた結婚であり、フローレ自身その青年のことはあまりよく知らなかったが、何度か会う内に誠実そうな青年だと分かり、また青年もフローレのことを気に入り、二人とも結婚を楽しみにしていた。


 その矢先、フローレがデニムに見初められてしまったのだ。当然、デニムによって結婚の予定は破棄された。

 それに抗議したのが婚約者の青年だった。青年はデニムに考え直してもらえるよう、直談判をしにデニムのもとに赴いた。


 数日後、フローレ宛に荷物が届いた。開けてみると、それは塩漬けにされた婚約者の生首だったのだ。

 さらに婚約者の村を騎士団が襲い、村長以下婚約者の家族全員を殺したことが伝わってきた。デニムに逆らった見せしめだった。

 それを知ったフローレの父親は恐怖に青ざめ、娘の意思など関係なくすぐさまデニムに差し出したのだった。




「ごめん、嫌なこと思い出させてしまって」


「いえ、大丈夫です。もうニ年も前のことですし」


 侍女たちは全員が同じような辛い状況を背負っている。

 さらに侍女たちは定期的に入れ替えがあるとのことだった。入れ替えというのは、今回のフローレのようにデニムの前で失態をして殺される者や、デニムが興味ない者、飽きてしまった者たちのことだ。


「領主様のお気に入りの侍女たちは、公務中にも呼ばれる者たちです。私のように食事の給仕をする者たちは入れ替えの対象なのです」


 先ほどベッドにいた半裸の侍女たちがデニムのお気に入りということだ。彼女たちは肉体的な関係も受け入れなければならない。


 フローレは二年も仕えていても、一度もデニムに呼ばれたことがなかった。ただし、それはフローレだけに限ったことではなく、半数以上の侍女が同じく呼ばれたことがない。

 デニムは権威の象徴として大勢の美しい侍女を従えているだけであって、全員と肉体的関係を持っている訳ではなかった。

 そして、呼ばれない侍女たちが食事や身の回りの給仕をしていたのだ。


 デニムに気に入られることなく、身体の相手をしなくてもよい。

 先ほど「女性の身体をお教えしましょう」とシャスターを誘ったフローレであったが、彼女も男性の経験がなかったのだ。


 デニムとの身体の関係がない……しかし、それは幸運であるのと同時に不運でもあるのだ。



「領主様が私たちに飽きたら……」


 フローレの悲しい表情で言葉の続きは自ずと分かる。

 建前では、飽きられた侍女は故郷に帰れることになっている。しかし、実際には故郷に帰る前に殺されてしまうことを侍女たちは皆知っていた。

 なぜ殺すのか、答えは簡単だ。

 故郷に戻った侍女の口から、デニムの悪い噂が広まってしまうと後々面倒になる。それならば、いっそ殺してしまった方が楽だからだ。


 下衆の考えそうなことだとシャスターは思った。

 殺されることを望む者などいない。だからこそ侍女たちは嫌々我慢してでもデニムに捨てられないように仕えているのだ。



「そんな呪縛の中で、シャスター様は私を救ってくれました。どれほど感謝しても、感謝しきれません」


 今回のデニムのとった行動は異例中の異例だったようだ。


「その見返りとして、俺に仕えてくれるということ?」


「いいえ」


 フローレは頭を横に振った。


「もちろん、命の恩人であるシャスター様に仕えるのは当然のことです。しかし、それ以上に私自身が心の底からシャスター様をお慕い申し上げているのです。まだ出逢って間もないのにと笑われるかもしれませんが、それでもシャスター様には……上手く言えませんが、運命を感じるのです」


 そう言いながら再びフローレが迫ってきた。シャスターは蛇に睨まれたカエルのように動くことができない。


 フローレの顔が近づき、唇が重なり合う……直前にフローレはシャスターから離れた。


「無理矢理襲ったら、それこそ私も領主様と同じになってしまいますね」


 フローレは窓のカーテンを開けた。月の光が青白く部屋の中を照らす。


「これでも私は自分の容姿や身体に自信を持っています。いつか必ずシャスター様を私の虜にしてみせますわ」


 優しく微笑んだフローレは隣の応接室に移動した。どうやら応接室のソファーで寝ることにしたらしい。



「俺がソファーに寝るから、フローレがベッドに寝るといいよ」


 シャスターは引き留めたがフローレは断った。


「お気持ちは有難いですが、もし私がベッドで寝てシャスター様がソファーで寝ている姿を誰かに見られでもしたら私が困ります。悪女として陰口を叩かれるのは本位ではありませんわ」


 そう言われてしまうと反論のしようがない。しかも、明らかにフローレの本心でないことも分かるので、シャスターはベッドで寝ることにした。


「それじゃ、おやすみ」


「おやすみなさい、シャスター様」


 突然、フローレがシャスターの頬にキスをした。


 呆然として立ち尽くす少年をよそに、フローレは応接室に消えていった。




 シャスターはベッドに倒れこむと天井を見つめた。


「はぁ、今日も順調な一日で終わると思ったのに、最後の最後であんなことになるなんて」


「あの女のことですか?」


 星華の声が響いてきた。当然、星華は先ほどの一部始終を見ていたのだ。

 心なしか星華の声にキツさが感じられる。


「まぁ、自分で蒔いた種だから仕方ないけど」


「シャスター様の邪魔になるようでしたら、今のうちに殺しておきましょうか?」


「いやいや、殺すことはない」


 恐ろしいことを簡単に言ってしまう星華を慌てて止める。


「それにフローレは悪い女性じゃない。それどころか、俺のことを色々と考えてくれている優しい女性だと思うよ。星華もそう思わなかった?」


「……思いました」


 少し躊躇して答えた星華は、シャスターの目の前に現れた。


「それで、あの女をどのようにお使いになるつもりですか?」


「うーん、そうだな。フローレとはなるべく一緒に行動するようにするよ。部屋に閉じ込めたままにして、デニムからせっかくの好意を台無しにしたと思われては困るからね」


「了解しました」


 シャスターに頭を下げると一瞬で星華は消えてしまった。


 何となく星華の機嫌が良くないことに気付きながらも、シャスターはそのまま寝てしまった。




第一章「レーシング王国」編

これまでの主要な登場人物



シャスター

レーシング王国の西に広がる広大な「深淵の森」から迷い出て来た少年。

襲われかけていたカリンと出会い、助けたことによってフェルドの町の用心棒となる。

剣の腕はかなりのもので、西領土騎士団の騎士たちを瞬時に倒してしまうほどの剣の名手。

現在は、フェルドの町を滅ぼした功績により、領主デニムから西領土騎士団の騎士団長に抜擢されている。



カリン

レーシング王国の西領土に点在する町の一つ、フェルドの町の町長の孫娘。

騎士たちに襲われそうになっていたところを旅人のシャスターに助けられる。

以前に神官見習いとして教会に奉公していた時、神聖魔法の使い手(ホーリーユーザー)の才能があることが分かり、簡単な神聖魔法を使うことができる。

現在、シャスターによって、フェルドの町が滅ぼされてしまい、生死不明。



星華

シャスターの従者。稀有な職業「忍者」、その中でも上忍しか名乗ることが許されない「くノ一」の称号を持つ。

日頃はシャスターの影の中に潜んでいる。

無口で沈着冷静、そしてシャスターに絶対的忠誠を誓っている少女。



フェルドの町長

カリンの祖父。フェルドの町を取り仕切っている。

シャスターを用心棒として雇いながらも、実は西領主デニムと密約を結び、カリンの安全と引き換えにシャスターをデニムに差し出そうとしていた。

さらに、ある者と秘密の手紙のやり取りをしているようだが、星華によってシャスターに知られてしまう。

現在、シャスターによって、フェルドの町が滅ぼされてしまい、生死不明。



デニム

レーシング王国、西領土の領主。オイト国王の長男。

東領土の領主である次男のラウスとのことを嫌っている。

国王と同様、無慈悲で残虐な性格。

魔法使い(ウィザード)であり、魔法は国王から教わった。

シャスターのことを高く買っており、侍女のフローレをシャスターに下賜した。



エルマ

西領土の傭兵隊の隊長。

西領主デニムの命により、フェルドの町に攻め込んだ時、シャスターの強さを目の当たりにし、デニムに会わせるために西領土首都ノイラに連れて行く。

シャスターのことが気になり、腹心のギダを使って行動を監視していた。



ギダ

エルマ傭兵隊長の腹心。職業は盗賊であり、シャスターの監視役を行う。



マルバス

西領土騎士団、前副騎士団長。

シャスターによって副騎士団長を解任されたが、騎士団の半数を占める「副騎士団長派閥」を束ねており、西領土騎士団を領民のための騎士団に変革しようとしている。



フーゴ

西領土騎士団の残り半数を占める「騎士団長派閥」を束ねており、自分たちの利益のためには領民を殺すことも厭わない残虐な人物。

シャスターによって西領土騎士団の「親衛隊」隊長に任命され、「副騎士団長派閥」以上の勢力を持つことになったが、シャスターに「騎士団長派閥」の全財産が奪われてしまい、シャスターをかなり憎んでいる。



フローレ

領主デニムの侍女のひとり。

食事中にデニムの不興を買い、殺されるところをシャスターの機転によって助けられる。


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