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第五十一話 フェルノン山脈

 エルシーネが飛んでいった空をしばらく見上げていたシャスター、カリン、レーテル、そしてフォーゲンは四者四様の表情をしていた。


 その中でも一番深刻そうなのがレーテルだった。

 しかし、すぐに表情を改めると、シャスターに対して膝をついた。


「シャスター様、この度はアイヤール王国を救っていただき誠にありがとうございます」


 レーテルの後ろではフォーゲンも膝をついている。


「いやいや、大したことしていないし」


「いえ、シャスター様とヴァルレイン様がいなければ、私が国王になることも叶わなかったはずです。重ねてお礼を申し上げます」


 シャスターがレーテルの背中を押してくれたのだ。

 シャスターがいなければ、シューロンの辺境地で何も出来ない十二歳のままだっただろう。

 国王になる勇気をくれたシャスターに、レーテルは心から感謝していた。


「うん。まぁ、これからも頑張って」


 素直に褒められることが苦手なシャスターは照れ隠しで笑う。


「はい。ありがとうございます!」


 少し笑顔を見せたレーテルだったが、すぐに笑みが消えてしまった。エルシーネの最後の言葉を思い出したからだ。

 レーテルはもう一度、深く頭を下げた。



「アイヤール王国を救ってくださったシャスター様のために、盛大な祝賀会を開きたいところなのですが……」


 レーテルは言葉に詰まった。それどころではない状況になってしまったからだ。

 申し訳なさそうな表情をしているレーテルだったが、すぐにその意を汲み取ったカリンが話に割り込む。


「レーテル様には、これからやらなくてはならないことがたくさんあるはずです。私たちのことは気にしないてください」


「カリン様……」


「私たちはすぐに出発しますので、お気遣いなく」


「ありがとうございます」


 レーテルはカリンの気持ちに感謝をしながら頭を下げた。



 同じ国を立て直すにしても、ここアイヤール王国とカリンが住んでいたレーシング王国とは訳が違う。

 レーシング王国は、エルマやマルバスを中心に多くの有能な部下がラウス国王に忠誠を誓っているため、国の再建も速く進むだろう。

 一方、アイヤール王国は二人の兄が起こした後片付けから始めなければならない。二つに分かれた陣営を一つに戻して、その上でレーテル国王が政務を行なっていくことになるのだ。簡単なことではない。


 とはいえ、カリンはそれほどアイヤール王国の将来を心配はしていなかった。

 レーテルが国王として優れた能力を持っていることを知っていたからだ。フォーゲンを中心にこの国は急成長していくだろう。

 これからのアイヤール王国は安泰のはずだ。


 ある心配事を除けば。



「あの……、東のフェルノン山脈って何のことですか? 聞いてはいけないことなのかもしれませんが……」


 カリンが気にしている心配事とは、ペガサスの少女、エルシーネがレーテルに最後に伝えた「東のフェルノン山脈」という言葉だった。当然ながらカリンは何のことか全く知らない。

 しかし、アイヤール王国にとって、とても重大な心配事だということは、レーテルとフォーゲンの態度からも分かっていた。


 そこで、聞いて良いことなのか迷ったカリンだったが、思い切って聞いてみたのだ。

 アイヤール王国にとって、部外者のカリンなどに知られたら困る重要な機密事項なのかもしれない。

 しかし、ここまでの会話を聞いていたら、知りたくなるのも当然だった。



「もちろん、皆さまには全てお話するつもりです。隠すことなんてありませんし、そもそも隠すのであれば、カリン様の前で皇女殿下がフェルノン山脈のことを話すはずがありませんわ」


 少し微笑んだレーテルにカリンは一瞬唖然とし、その直後に凄まじい驚きの表情に変わった。

 レーテルが話した言葉の中に、あり得ない名前が出てきたからだ。


「えっ、皇女殿下……って!?」


「エースライン帝国、第二皇女エルシーネ様です」


 もう一度微笑んだレーテルを見つめながら、カリンはしばらく固まってしまった。


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