第四十八話 皇帝の勅令
レーテルは、父である前国王が亡くなった時から話し始めた。
前国王が亡くなった後、レーテルを国王にすると書かれた遺言書があったのにも関わらず、ハルテとブレガがその遺言書を無かったことにして、フォーゲンの宰相の任を解いたこと。
フォーゲンを助けようとしたレーテルを辺境地に追放したこと。
ハルテとブレガは互いに有力貴族を味方につけ、不毛な国王争いを始めたこと。
国王になる覚悟を決めたレーテルが、シャスターと共に参戦をしたこと。
「そして、シャスター・イオ様とヴァルレイン・シーリス様の連名で、私レーテルが新たなる国王に即位することが決まった次第でございます」
レーテルは感情を込めずに淡々と話したが、だからこそ、ありのままに事実を伝えることができた。
「レーテル姫、よく分かりました。両人はそれに対して何か言いたいことはあるかしら?」
エルシーネはハルテとブレガを見た。その途端、曇っていた二人の表情が明るくなる。
反論のチャンスをもらったと思ったからだ。
「レーテルの言ったことは嘘です。我々は父上の遺言書など見ておりません」
「兄上の言うとおりです。おそらく宰相だったフォーゲンが権力を手に入れるため、レーテルを国王にしようと図ったのでしょう」
二人の意見は一致していた。さらにハルテが話を続ける。
「弟ブレガと争ったことにつきましては申し開きもございません。私の不徳の致すところでございます。シャスター様もそのことを憂慮されて、レーテルを国王に任命したのだと思います。しかし、私は心を入れ替えます。ですから、エルシーネ様のお力添えで、長男の私を国王に押して頂きたいのです」
突然のハルテの懇願にブレガも負けてはいない。
「私の方が支持する貴族も多く、領土も兄上よりも広く維持しております。私を国王にして頂く方が国内の混乱も少なく、速やかに国力を回復出来ることでしょう」
二人の言い争いはしばらく続いた。エルシーネの前だからか言葉使いは丁寧だが、醜悪極まるものだった。
「もう結構です!」
辟易したエルシーネの鋭い叫びで、二人はバツの悪そうな表情になり舌戦を止める。
「ところで、シャスターくんは何故レーテル姫を国王に任命したの?」
兄弟に対しての鋭い叫びから一転して、優しい口調に変わる。
「レーテル姫はまだ小さいけど、良き国王の素質があると思ったからさ。それに」
「それに?」
「レーテル姫とフォーゲンが嘘をついているとは思えなかった」
かなり個人的な感情が入った主観的な意見だが、エルシーネとしてはそれで充分だった。
再びエルシーネは三兄弟に目を向ける。
「私見ながら、私もシャスター・イオ殿と同じ了見です。国王にはレーテル姫がふさわしいと思います。しかし、あくまでも私見です。ゆえにエースライン帝国皇帝からアイヤール王国、次期国王決定についての勅令を伝えます」
エルシーネは魔法の鞄から書簡を取り出すと広げた。
ハルテとブレガは嬉しさと緊張が重なり、大きく唾を飲み込んだ。エースライン帝国皇帝は、アイヤールの国王不在の際に国王選出の権限を持つ。当然、書いてある名前はハルテかブレガのどちらかに違いない。これで一発逆転ができるからだ。
エルシーネが重々しい表情で勅令を読み上げる。
「アイヤール王国の次期国王にレーテル姫を任ずる」
「なっ!?」
皇帝の勅令を聞いた瞬間、逆転を信じていたハルテとブレガはその場に崩れ落ちた。
エースライン皇帝の言葉は絶対だ。
すでにシャスターとヴァルレインによって、レーテル姫が国王に決まっていたとはいえ、一途の望みに賭けていたのだが、それも潰えてしまった。
しかし、皇帝の勅令はそれだけでは終わらなかった。
「ハルテ王子とブレガ王子を前国王への背任罪で帝国に送検する」
驚いた二人はエルシーネに抗議する。
「お、おそれながらエルシーネ様、私たちは何も悪いことはしておりません」
「内戦を起こしたことは事実ですが、それで罰するのは帝国といえども強引な内政干渉に当たると思いますが」
二人の意見は真っ当だったが、エルシーネは眉ひとつ動かさない。
「誰がいつ内戦を起こした罪だと言いましたか? 前国王への背任罪と言ったはず」
「それならば尚更、父上を裏切るような行為などございません。何かの勘違い……」
「アイヤール前国王は存命な内に万が一のことを考えて、エースライン帝国皇帝へ遺言書を預けておいていたのです」
「まさか!?」
「その遺言書にはこう書かれていました『レーテルを時期国王に』と。しかし、あなたたちは先ほど遺言書などなかったと言いました。どういうことかしら?」
「そ、それは……」
二人は言葉に詰まってしまった。まさか、父が遺言書をフォーゲンだけでなく、エースライン帝国の皇帝にも預けていたなど夢にも思わなかったからだ。
「つまり、レーテル姫が話されたとおり、あなたたちは遺言書の内容を知りつつ、その存在を無かったことにして邪魔なレーテル姫を追い出し、勝手に内戦を始めたということです」
エルシーネの鋭く的確な指摘に、ハルテとブレガの表情は真っ青になった。
「もう一度皇帝の勅令を伝えます。『ハルテ王子とブレガ王子を前国王への背任罪で帝国に送検する』、また彼らを取り巻いていた貴族たちも同罪です。全員、帝国に送検します」
その直後、空から数多くのペガサスが地上に舞い降りてきた。百頭はいるだろうか。それぞれのペガサスには騎士が乗っていた。
「エースライン帝国のペガサス騎士団!」
両陣営の貴族たちの誰かが観念したかのような唸り声を上げた。
貴族の中にはエルシーネの宣告を聞いてこの場から逃げ出そうとした者もいたが、間髪入れずにペガサス騎士団が登場してしまったので逃げ出すことはできない。
当然ながら、全て見越してのエルシーネの采配だった。
「ハルテ王子、ブレガ王子および、貴族たちを帝国に連行せよ! 罪人たちだ、多少手荒であっても構わない」
「はっ!」
白く輝く鎧を着た騎士たちは、手際良くハルテたちを一人ひとり魔法の大袋に放り込むと、そのままペガサスに繋いで天高く飛び立って行った。
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書き手として誤字に気付かずに申し訳ありませんでした。
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