第四十七話 ペガサスの少女
空に浮かんでいる少女は、正確にはひとりで浮いているわけではなかった。
翼の生えた真っ白な馬が空を飛んでいて、その馬に少女は乗っているのだ。
すでに戦場にいる全員の目が空に注がれている。
「あれは、ペガサス!」
「ということは、ペガサス騎士団が来たということですか!?」
「ば、ばかな! ペガサス騎士団がこのような場所に来るわけない!」
レーテルの驚きをハルテが否定しようとするが説得力がない。
その間にもペガサスは地上に向かって降り始める。
誰もが息をのんで見守る中、少女は地上に降り立った。
「久しぶり! シャスターくん……じゃなかった、シャスター・イオ殿」
カリンは驚いた。
突然空から現れたこの少女は、シャスターの正体を知っているようだ。それなのにレーテルたちと違い、シャスターにひざまずくことも敬語を使うこともない。
「シャスターにタメ口……」
自分のことを棚に上げてカリンは呟いたが、レーテルはツッコミを入れる余裕すらなかった。
少女の正体を知っているからだ。
同じくハルテもブレガも、そしてフォーゲンまでもが少女を見て慌てて平伏している。
「……久しぶりだね、エルシーネ」
「もう! 私が敬称を付けたのだから、あなたも私に敬称を付けなさい」
「そういうの、面倒くさい」
「まったく……それじゃ、私もいつも通りシャスターくんと呼ぶわよ」
まるで気心知れた二人の会話にますます不思議そうな顔をしているカリンとは裏腹に、レーテルたちは二人の会話を妙に納得したかのように聞いている。
「レーテルさま、あの少女は一体……」
小声で尋ねようとしたカリンの声はかき消されてしまった。
再び少女が張りのある声で、話しかけてきたからだ。
「ところで、ヴァルレインくんは?」
「エルシーネの声を聞いた途端、急いで去っていったよ」
「あいかわらず、あの子は……」
エルシーネと呼ばれた少女は軽くため息をついたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「シャスターくんとヴァルレインくんがこの国にいたことには驚いたけど、今日はあなたたちに会いに来たわけじゃないわ」
「そりゃ、そうだろうね。俺もエルシーネに用はないし」
「またぁ、そういうつれないことを言わないの! でも、あなたたちのおかげで、私の用件はほとんど終わってしまったのよね」
意味深に微笑んだエルシーネは、シャスターの前から平伏している兄弟三人の前に移動した。
「三人とも久しぶりね。前国王の国葬以来かしら?」
「はっ! その節は過分なる弔辞を頂き、我ら一同感謝の念に堪えません。またエルシーネ様におかれましては、ますますお美しく凛々しくおなりになられましたこと、お喜び申し上げます」
代表してハルテが美辞麗句を用いて答えたが、エルシーネはまったく感銘を受けていないようだった。
その様子を眺めていたカリンの頭は大混乱していた。
エルシーネと呼ばれている少女の前で、アイヤール王国の王族が平伏している。つまり、エルシーネはシャスター同様、それ以上の身分だということだ。
しかも、いきなり空から翼の生えた馬で現れたことも、尋常ではない。
いったい彼女は何者なのか。
「あれから一年が経ちますが、アイヤール王国で内乱が激しいと聞き、皇帝が私を代理として派遣されました。詳細を説明してくださるかしら?」
「そ、それは……」
ハルテが言葉に詰まった。醜悪な兄弟争いを話すわけにはいかないからだ。
(皇帝……ってことは、エースライン帝国の関係者!?)
一方で、カリンの頭はますます混乱していた。
皇帝と呼ばれる存在は王国にはいない。王国の統治者は国王だからだ。
皇帝がいるのは、周辺国では七大雄国のひとつである超大国、エースライン帝国だけだ。
そのエースライン帝国の皇帝から、エルシーネと呼ばれる少女は派遣されたということなのか。
しかも、エルシーネは自分よりも少し歳上に見えるぐらいの若さなのに、なぜ皇帝の代理としてこの場に来ているのか。
カリンが緊張した表情でエルシーネを見つめている中、ハルテとブレガの兄弟は別の意味で、とてつもない緊張感に襲われていた。
エルシーネに対して、内乱の真実を誤魔化すことができないからだ。
「説明をしてくださるかしら」
エルシーネはもう一度強い口調でハルテに迫った。しかし、ハルテは言葉が詰まったままだ。
緊張のあまり、二人とも額から滝のように汗が流れている。
「代わりに私がお話し致します」
その時、声を上げたのはレーテルだった。
ハルテとブレガは余計なことを話そうとしているレーテルを慌てて止めようとしたが、その前にエルシーネが口を開いた。
「レーテル姫、お願いします」
エルシーネの依頼に反論は許されない。
ハルテとブレガはレーテルを睨んだが、それをものともせずにレーテルは話し始めた。




