第四十六話 アイヤールの新国王
「ハルテ、ブレガ、俺の声が聞こえるか?」
シャスターの声が一帯に響き渡る。
「ははっ!」
ずっと地面に座って頭を下げていた二人が声を上げた。
「両名に命じる。前国王の意思を尊重し、レーテルをアイヤール王国の国王として認めよ!」
「そ、それは……」
ハルテが小さな声で反論しようとしたが、シャスターはそれを許さない。
「お前たちが前宰相フォーゲンの預かっていた前国王の遺書を捨てたのは知っている。その遺書にレーテルを国王とするようにと書かれていたこともな」
周りから大きなざわめきが起きた。
兵士たちにとっては当然ながら初めて聞く内容だったからだ。もし、それが本当なら話が大きく変わってくる。
「ま、待ってください。それはフォーゲンの嘘です」
「嘘ではございません」
大きな声で叫んだ者がいた。
フォーゲンだ。
「シャスター様、私の話に嘘偽りはございません。前国王様はレーテル姫こそ、国王に相応しいと決めておいででした」
「嘘をつくな、フォーゲン! 貴様は失職させられたのが悔しくて、私を恨んでいるのだろう」
「そうだ! 貴様のような裏切り者を生かしてあげただけでも感謝すべきなのに、こともあろうかこんな大それた嘘をつくとは!」
ハルテとブレガは、今まで戦っていたのが信じられないほど息がピッタリだ。大きな敵が現れたことで共闘しているのだろう。
ハルテ、ブレガ、そしてフォーゲンは白熱した言い争いを展開し始めた。
そんな状況の中、言い出した当の本人はどこ吹く風で聞いていたが、しばらくすると三人の話に割ってきた。
「俺としては、フォーゲンの話が嘘か本当かなんて、どうでもいい。レーテル姫を国王にすることは俺が決めたことだ」
「そんな……」
「反論は認めない。イオ魔法学院の後継者シャスター・イオが命じる。アイヤール王国の新しい国王にレーテルを任じる!」
凛とした声のシャスターの命令で、その場にいた全員が否応なしに平伏した。立っているのはヴァルレインとカリンだけだ。
そのカリンは驚きの表情で目を開いたままだ。
シャスターの身分の高さを改めて実感したからだ。
一国の国王の任命を独断で決め、さらに王族を始め全員がその命令に従い平伏する。
こんなことが出来る人間が、この広大なアスト大陸にいるのだろうか。
いや、いるのだ。
のほほんとしたこの少年は、それだけの権力と実力を持っているということなのだ。
「シャスターだけでも充分のようだが……シーリス魔法学院の後継者ヴァルレイン・シーリスも同様のことを命じる。レーテル姫をアイヤール王国、国王とせよ!」
ヴァルレインがシャスターに追従した。
勝負に負けたヴァルレインが、試合前にシャスターと交わした約束、それがこれだったのだ。
ヴァルレインの後押しは、ハルテ、ブレガにとってトドメだった。「五芒星の後継者」一人でも反論出来ないのに、二人からの命令だ。
受け入れるしかない。
「……分かりました」
「……受け入れます」
二人は深く頭を下げた。
「もし、裏切るようなことがあったらすぐに来るから。変な陰謀は考えないように」
シャスターの念押しは、いつの日か反乱を考えていた二人の頭をさらに垂れされることに成功したが、それだけでは物足りない人物がいた。
「その心配は大丈夫よ」
突然、どこからともなく声が響き渡ってきた。
聞こえてきたのは女性の声だ。しかし、全員が辺りを見渡すが、声の主は見つからない。
そんな中、ひとり大きくため息をついたヴァルレインだけが、レーテル姫に目を合わした。それだけでレーテル姫の頬が赤らみ目が輝く。
「レーテル姫、いや、レーテル国王、この国を貴女の好きなように変えてみなさい。それが国民の幸せになるでしょう」
「ヴァルレイン様……」
「良き国王になりなさい。私も時々はアイヤール王国にお邪魔させてもらいます」
「ぜひ、お越し下さい! ヴァルレイン様をいつでもお待ちしております」
「それと、何か困ったことがあれば、先ほどの声の主が貴女を助けてくれるでしょう。それじゃシャスター、あとは頼んだぞ」
ヴァルレインは一瞬でその場から消えた。
彼が現れた時に使った魔法……水の反射を使った視界から消える魔法だ。
「ヴァルレイン様……」
寂しそうなレーテルだったが、すぐに表情を切り替えた。
自分は国王だ、ヴァルレイン様のためにもしっかりしなくてはならないと。別れの感傷に浸っている暇はない。
そして、まずは先ほどの女性の声の主だ。一体誰なのだろう。ヴァルレイン様は分かっていたようだが。
ということは……。
レーテルだけでなく、自然と皆の視線がシャスターに集まる。
それに気付いたシャスターは、つまらなそうに空に向かって軽く指差す。
その指に合わせて、皆の視線が空に向けられると、視力の良いカリンが最初に気付いた。
「……あっ!」
カリンは思わず声を上げてしまった。
遥か上空に浮かんでいる少女がいたからだ。




