第四十四話 戦いの後
霧の中、ヴァルレインは意識を取り戻した。
まだ視界が悪いが、目の前にシャスターが立っていることは分かった。
「……俺はどのくらい意識を失っていた?」
「長くはないよ。十秒ぐらい」
「そうか」
ヴァルレインはゆっくりと立ち上がると、シャスターを見つめた。
「それにしても、お前があの魔法を使えるとは思わなかったぞ」
ヴァルレインは、氷地獄のエネルギー体である 幻氷の竜を高位氷界の閃光の魔法陣に接合することで、幻氷界の閃冷光という凄まじい破壊力の氷の閃光を編み出したのだった。
レベル六十台の最強魔法の二つを接合させるのだ。その難易度は想像を絶するほどであったし、そもそも聖人級の魔法を接合させることを考えることさえしないはずだ。
しかし、ヴァルレインは修行中にこの魔法を思い付き、長い試練の末にやっと自分のものとしたのだ。
しかし、あろうことかシャスターが同じ魔法を編み出していたのだ。
シャスターのそれは、炎地獄のエネルギー体である 幻炎の竜を 高位炎界の閃光の魔法陣に接合することによって、幻炎界の閃熱光をつくり出したものだ。
炎と氷の違いはあるが、全く同じ理論で作り上げた魔法であった。
「よく、あの魔法の組み合わせを考えついたな」
「たまたまさ」
「たまたまで出来るはずがない魔法だということは、俺が一番良く知っている」
ヴァルレインは冷笑したが、それは自分自身に対してだった。
武術を修行していたシャスターを魔法がおろそかになっていると勝手に決め付けて侮っていた自分の甘さを恥じていたのだ。
「そして、最後は魔法ではなく武術で攻撃してくるとは」
「魔法だけとは決めていなかったからね」
「まぁな。お前らしいといえば、お前らしいが」
ヴァルレインは今度こそ屈託のない表情で笑った。
ここで「魔法で勝負しないなんて卑怯だ!」などと文句を言うような器の小さな少年ではなかった。
正々堂々と勝負した結果なのだ。
「戦士系のスキルレベルはどのくらいだ?」
「一番高い戦士系は片手剣スキルで超上級クラスかな」
「レベル三十台か。互いに聖人級の最上位魔法を編み出したという点では魔法は互角。ということは、総合的に考えて、お前の方が戦力は上というわけか」
ヴァルレインが負けを認めたことに、今度はシャスターが笑った。
「なに言っているの。出し渋りをしたくせに」
「……」
「さらに上の階級魔法を使わなかったのは、甚大な被害が出てしまうからだろう?」
「気づいていたのか」
その時だった。
「おーい、シャスター!」
遠くから叫ぶ声が聞こえた。
シャスターが辺りを見まわすと、すでに霧も晴れ始め遠くも見えだしている。
その先に多くの人影が見えた。カリンたちだ。レーテル姫やフォーゲンも見える。
さらにその後ろからは、二人の兄弟ハルテとブレガたちも追いついてきた。彼らとしては本物の「五芒星の後継者」が二人も揃っている場に行かないという選択肢はなかった。
「勝負はついたの?」
シャスターのもとに辿り着いたカリンは、息を切らせながら尋ねた。
やっと爆風が落ち着いてきたため、二人の勝負が決着したと思ったのだ。しかし、濃霧の影響で、カリンたちには戦いの勝敗が分からない。
そこで、足元の悪い中、走って二人のもとに来たのだった。
「引き分けだよ」
「なっ!?」
ヴァルレインが何か言いかけようとしたが、無言でシャスターが軽く抑える。
「そうか、引き分けなのね。でも、もの凄い魔法だったね!」
「まあね」
「でも、私たちまで危ない目に遭わせるなんて、どういうこと?」
カリンの表情がいきなり豹変したことに、シャスターだけではなく、周りの者たちも驚く。
カリンは怒っていた。
カリンは今まで何度もシャスターの魔法を見てきた。そして、その度にシャスターの魔法の威力に驚いていた。
当然、今回の魔法も凄かった。今まで見てきた魔法よりもさらに強い魔法だ。フォーゲンの説明も加わり、そのことが良く分かった。
しかし、しかしだ。
今までのシャスターの魔法は、カリンたちを守ってくれるための魔法だった。危ないところをシャスターの魔法で何度も助けられてきたのだ。
しかし、今回の魔法はシャスターとヴァルレインの勝負のための魔法だった。しかも、戦いが白熱し過ぎて、後半にはカリンたちまで危険に晒されてしまった。
二人は戦いができて満足だろう。しかし、爆風に必死に耐えていたカリンとしては、たまったものではない。文句の一つでも言いたい気分だったのだ。
「星華さんの指示がなかったら、私たちは爆風に飛ばされて、死んでいたわよ!」
カリンの当然過ぎる怒りに、シャスターは返す言葉がないが、少しだけ弁解を試みる。
「危険なのは分かっていたさ。だから、皆に迷惑を掛けないように、俺たちの周りに強力なバリアを幾重にも張って、外に魔力が漏れるのを最小限にしていたんだけど……」
幾重にも張られた強力なバリアから、微かに漏れた魔力であの威力なのだ。バリアがなかったら、確実に全員が死んでいただろう。
カリンの背中に冷たい汗が一筋流れたが、表情には出さずにさらにシャスターに詰め寄る。
「バリアを張っていたとしても、私たちにとっては死ぬほど危険だったの。今後はちゃんと考えて戦って!」
「分かった。気をつけます」
「絶対よ!」
「はい」
こんな時のカリンに逆らってはいけない。シャスターは神妙な面持ちで頭を下げた。
「ほら、俺だけじゃなく、ヴァルレインも謝って!」
「ん!? あ、あぁ……すまなかった」
いきなり振られたヴァルレインも素直に謝る。そんな二人を見て、カリンは笑顔に戻った。
「うん。二人の力は強すぎるの。だから、周りの人には気をつけてね」
二人はもう一度、頭を下げた。




